第78話 静かな幸福
数週間後。
城の朝は、
いつもと同じように始まっていた。
けれど、
ロウにとっては“戻ってきた朝”だった。
医務室を出てからは、少しづつ回復に向かい、
日常生活も出来るようになった。
久しぶりに護衛兵の服を着て、城の廊下を歩く。
足取りは自然で、痛みもない。
ただ、
胸の奥に少しだけ緊張が残っていた。
(……今日から……
また、姫様の護衛に戻れる。)
その事実が、
静かに胸を満たしていく。
護衛兵として廊下を歩くロウに、
すれ違う兵士たちが気づく。
「あ……ロウだ」
「戻ってきたのか……」
その視線には驚きと安堵が混じっていた。
ロウは軽く会釈を返す。
(……心配をかけたんだな。)
胸の奥が少しだけ熱くなる。
ロザリンの部屋の前に立つと、
扉の前の空気が
ほんの少しだけ違って感じられた。
ここは、
ロウがずっと守ってきた場所。
そして、
守れなくなった場所。
ロウは深く息を吸い、扉の前に立った。
その瞬間──
扉が静かに開いた。
ロザリンが立っていた。
ロウを見た途端、
その表情がわずかに揺れた。
喜び、胸の奥が震えた
人間の表情だった。
「……ロウ……」
その声は、
以前の抱擁の余韻が滲んでいた。
ロウは胸に手を当て、
静かに頭を下げた。
「本日より……
護衛任務に復帰いたします。」
ロザリンはしばらくロウを見つめ、
ゆっくりと頷いた。
「……うん。
よろしくね、ロウ。」
その言葉は、いつもと同じようで、
どこか違っていた。
距離が、ほんの少しだけ近い。
ロザリンが部屋を出て、廊下を歩き始める。
ロウはその後ろを歩く。
その光景は、
何度も繰り返してきた“日常”のはずなのに、
胸の奥がじんわりと熱くなる。
(……また……
この背中を守れる。)
ロザリンの歩幅に合わせて歩く。
そのたびに、昨日の抱擁の温度が
ふと蘇る。
ロザリンも、
時折ほんのわずかに振り返る。
視線が合うたび、
ロザリンの胸の奥が
かすかに震えているのが分かった。
言葉にはしない。
でも、
空気が変わっていた。
ロザリンが執務室で書類に目を通す間、
ロウは扉の横に立つ。
その姿勢は、以前と変わらない。
けれど、ロザリンの視線は
以前よりも頻繁にロウへ向けられていた。
ふとした瞬間、
ロザリンの手が止まる。
(……ロウが……そこにいる。)
その事実だけで、胸の奥が温かくなる。
ロウは気づかないふりをして、
静かに立ち続けた。
(……姫様の隣に……戻ってこられた。)
その実感が、
静かに胸を満たしていく。
執務を終え、ロザリンが廊下を歩く。
ロウはその横を歩く。
以前は、
「護衛と姫」の距離だった。
けれど今日は、その距離が
ほんの少しだけ近い。
肩が触れるほどではない。
でも、
空気が重なる。
ロザリンはふと、ロウの歩く音に耳を澄ませた。
(……この足音……
もう……大丈夫なんだ。)
胸の奥が、静かに熱くなる。
ロウはロザリンの横顔を見て、
小さく息を吸った。
(……姫様……あなたの隣を……
また歩ける。)
その想いが、
胸の奥で静かに膨らんでいく。
一日の護衛を終え、
ロザリンの部屋の前に戻る。
ロザリンは扉の前で立ち止まり、
ロウを見上げた。
「……ロウ。
今日は……ありがとう。」
その声は、
静かで、柔らかい。
ロウは胸に手を当て、
深く頭を下げた。
「……姫様の一日をお守りできて……
光栄です。」
ロザリンは扉に手をかけたが、
すぐには開けなかった。
ほんの一瞬だけ、ロウの方へ視線を戻す。
その目の奥にあるものは、
言葉にしない方がずっと強く伝わった。
扉が静かに閉まる。
ロウはしばらくその場に立ち、
胸の奥に残る温かさを
静かに受け止めていた。
(……姫様……明日も……
あなたの隣に。)




