第77話 ……姫様に……見せたい
医務室の朝は、 いつもより静かだった。
ロウは目を覚まし、
しばらく天井を見つめていた。
(……今日は…… 身体が軽い。)
ゆっくりと体を起こし、 足を床に下ろす。
その瞬間、 驚くほど自然に立ち上がれた。
支えも、 壁も、 何もいらない。
(……立てる。 普通に……立てている。)
胸の奥が、 じわりと熱くなる。
あれから── 一週間が過ぎていた。
無理をせず、
ただ日々を過ごしているうちに、
身体はいつの間にか “日常”を取り戻していた。
ロウは部屋の中を歩いた。
ふらつかない。 痛まない。
(……戻ってきたんだ。)
その実感が、 静かに胸を満たしていく。
扉を開けると、
廊下の空気がふわりと流れ込んできた。
ロウはそのまま歩き出した。
特別な意識も、 緊張もない。
ただ、 “歩く”という当たり前の動作が
自然にできていた。
(……姫様に…… 見せたい。)
その想いが、 胸の奥で静かに膨らんでいく。
廊下の向こうから、 ロザリンが歩いてきた。
ロウは自然に立ち止まった。
まっすぐに、揺れずに。
ロザリンはロウの姿を見た瞬間、
足を止めた。
息が、 ほんの一拍遅れた。
視線がロウの足元へ落ち、
ゆっくりと顔を上げる。
その目の奥で、 何かが静かに崩れた。
ロウはロザリンの方へ歩いた。
その足取りは、 説明のいらない自然さだった。
ロザリンは動かなかった。
ただ、
ロウの近づく気配を
まっすぐに受け止めていた。
距離が、 静かに縮まる。
ロザリンの胸の奥が、 痛いほど熱くなる。
(……ロウ…… 本当に……)
言葉が追いつかない。
ロウが目の前で立ち止まった瞬間──
ロザリンの目から、 涙がひと粒、
こぼれた。
音もなく、 頬を伝って落ちた。
ロウは驚いて目を見開いた。
「……姫様……?」
ロザリンは何も言わず、
ロウの肩にそっと手を置いた。
そのまま、 ゆっくりと抱きしめた。
強くではない。
壊れ物を扱うような、
でも確かに“求める”抱きしめ方だった。
ロウの胸に、 温かいものが広がった。
ロザリンの声が、 耳元で震えた。
「……よかった…… ロウ……
本当に……よかった……」
涙がロウの肩に落ちる。
ロウはゆっくりと腕を上げ、
ロザリンの背に触れた。
(……姫様…… こんな……)
胸が熱くて、 痛くて、
でも苦しくない。
ロウは小さく息を吸い、
静かに囁いた。
「……姫様に、自然に歩いているところを……
一番に見てほしかったんです。」
ロザリンの腕に、 力がこもった。
それが答えだった。
ロザリンが去ったあと、
ロウはベッドに腰を下ろし、 胸に手を当てた。
(……姫様が…… 泣いて……
抱きしめてくれた。)
その事実が、 静かに胸を満たしていく。
(……次は…… ちゃんと伝えないと。)
ロウの決意は、 もう揺らがなかった。




