第8話 森に落ちる影
夜の森は静かだった。
風が木々を揺らし、月明かりが地面に淡い模様を描いている。
ロザリンは、
まるで王宮から逃げるように森へ来ていた。
ロウはいつもの場所で待っていた。
ロザリンの表情を見た瞬間、
何かを察したように眉を寄せる。
「……姫様。今日は、いつもと違いますね」
ロザリンは少しだけ笑おうとしたが、
その笑みはすぐに崩れた。
「ロウ……私、最近ずっと苦しいの」
ロウは静かに頷き、
ロザリンが話し出すのを待った。
「王宮の空気が……変なの。
お父様の病は悪くなる一方なのに、
誰も本当のことを言ってくれない。
兄は優しいけれど……
“心配しすぎだよ”って笑って、私の不安を全部流してしまうの」
ロザリンは胸に手を当てた。
「でも、違うの。何かが……確実におかしいの。
貴族たちの態度も、お父様の薬の管理も、全部兄が握っていて……
私は王女なのに、何も知らされていない気がするの」
ロウは息を呑んだ。
ロザリンの声は震えていた。
「誰にも言えなかったの。兄を疑うなんて……できない。
兄は優しいから。
私を守ってくれていると思っていたから」
ロザリンは月を見上げた。
その瞳は、涙をこらえて揺れていた。
「でも……優しいはずなのに、
私はずっとひとりなの。
王宮にいても、誰も本当のことを話してくれない。
私だけが外に置かれているみたいで……
怖いの」
ロウは胸が締めつけられるような痛みを覚えた。
ロザリンの孤独は、
“誰も悪くないように見える世界”の中で
静かに深まっていた。
ロウはそっとロザリンのそばに立ち、
低い声で言った。
「姫様。あなたが感じていることは……
決して間違いではありません」
ロザリンは驚いたようにロウを見た。
「ロウ……あなたも、何か感じてるの?」
ロウは一瞬だけ目を伏せた。
胸の奥に沈んだ“あの夜の記憶”が疼く。
──あの冷たい目。
──奪われた月の力。
──逃げ出した夜。
だがロザリンには言えない。
言えば、彼女が傷つく。
ロウは静かに首を振った。
「……ただ、姫様がひとりで抱える必要はありません。
僕がいます。
姫様が感じたことを、僕に話してください」
ロザリンの瞳が揺れた。
「ロウ……
あなたがそばにいてくれると、
少しだけ……息ができるの」
ロウはその言葉を胸の奥で受け止めた。
「姫様。
あなたが苦しい時は、僕が支えます。
どんなことがあっても」
ロザリンは小さく頷いた。
「……ありがとう、ロウ。
本当に……誰にも言えなかったの」
森の静けさの中で、
ロザリンの孤独は初めて言葉になった。
そしてその孤独を受け止めたのは、
ロウだけだった。




