第7話 揺れ始めた心
森の夜は、いつもより静かだった。
風の音さえ遠く、月明かりだけがふたりを照らしている。
ロウはロザリンの隣に立っていた。
けれど、以前のように距離を置くことはしない。
ほんの少し、肩が触れそうなほど近い。
ロザリンがそっと問いかける。
「ロウ、今日は……なんだか静かだね」
ロウは一瞬だけ迷ったように目を伏せた。
「……考えていたんです」
「何を?」
ロウはゆっくりと息を吸い、
まるで胸の奥にしまっていたものを
そっと取り出すように言葉を紡ぐ。
「姫様と……こうして会うようになってから、
自分が変わっていくのを感じます」
ロザリンは黙って聞いていた。
「僕は……ずっと、感情を抑えるように生きてきました。
喜びも、怒りも、悲しみも……
表に出せば弱さになると思っていた」
ロザリンはそっとロウの横顔を見る。
月明かりに照らされたその表情は、
これまで見たことのないほど繊細だった。
「でも……姫様と話すと、
胸の奥が……動くんです」
ロザリンの心臓が静かに跳ねた。
「動くって……どんなふうに?」
ロウは言葉を探すように、
ゆっくりと手を胸に当てた。
「……苦しいような、温かいような……
守りたいと思う気持ちと、
そばにいたいと思う気持ちが……混ざって」
ロザリンはそっと微笑む。
「それはね、ロウが“人を信じ始めてる”ってことだよ」
ロウは驚いたように目を見開いた。
「……信じる……?」
「うん。あなたは今、私にだけ心を開いてる。
それは信頼がないとできないことだよ」
ロウはしばらく黙っていた。
けれど、その沈黙はもう“閉ざすための沈黙”ではない。
やがて、ロウは小さく息を吐いた。
「……姫様。
僕は……あなたに触れられると、安心できるんです」
ロザリンの胸が熱くなる。
「ロウ……」
ロウはゆっくりとロザリンの手に触れた。
その手は、以前よりも確かに震えていなかった。
「あなたがそばにいると……
僕は、僕でいていい気がする」
ロザリンはその手を包み込むように握り返す。
「ロウは、ロウのままでいいよ。
私はそれが好きだから」
ロウの瞳が揺れた。
その揺れは、恐れではなく──
“誰かを信じたい”という願いだった。
「……姫様」
ロウは静かに、けれど確かに言った。
「僕は……あなたの前だけでは、
弱くてもいいですか」
ロザリンは迷わず頷いた。
「いいよ。弱くても、強くても、
どんなロウでも……私は受け止める」
ロウは目を閉じ、
その言葉を胸の奥深くに刻み込むように息を吸った。
そして、ゆっくりと目を開けたとき──
その瞳には、これまで見せたことのない、柔らかい光が宿っていた。
ロウは変わり始めていた。
誰かを信じ、誰かに寄りかかり、
誰かと共に生きるという未来を初めて“望む”ようになっていた。
その“誰か”は、
ロザリンただひとりだった。




