第74話 自覚する
翌朝の医務室は、 いつもより静かだった。
ロウはベッドの端に腰を下ろし、
足をゆっくりと動かしていた。
昨日よりも少しだけ軽い。
けれど、胸の奥は落ち着かなかった。
(……噂……)
侍女から聞いた言葉が、
何度も胸の奥で反響する。
「姫様が……
どなたかを想っておられるのではないかと。」
「医務室の青年ではないか、と。」
ロウは小さく息を吐いた。
(……そんなはず…… あるわけが……)
否定しようとすると、 胸の奥がきゅっと痛んだ。
(……でも…… もし……)
ロザリンの顔が浮かぶ。
歩行練習のとき、
倒れそうになった自分を支えた手。
距離を詰めすぎない、
けれど離れようともしない立ち位置。
「……ロウ、無理しないで。」
あの声。 あの目。
(……あれは…… “姫様として”の優しさ
…… なのか……?)
ロウはゆっくりと立ち上がった。
足はまだ震えている。
けれど、その震えは昨日とは違った。
(……姫様が…… 誰かを想っている……
その“誰か”が…… 私だとしたら……)
胸の奥が、 熱く、苦しくなる。
ロウは壁に手をつき、
ゆっくりと歩き始めた。
一歩。 二歩。
(……私は…… 姫様のことを……)
言葉にならない。
けれど、 胸の奥で何かがはっきりと
形を持ち始めた。
ロザリンが自分を見つめたときの目。
自分の名前を呼ぶ声。
歩けたときに見せた、 あの小さな笑み。
(……あれを…… 忘れられない……)
ロウは足を止め、 胸に手を当てた。
(……姫様が…… 誰かを想っている……
その噂を聞いて…… こんなに……
苦しいなんて……)
その瞬間、 胸の奥が静かに震えた。
痛いほどに、 熱く、 確かに。
(……本気で…… 好きなんだ……)
ロウはゆっくりと息を吸った。
(……でも…… 姫様には言えない。
言う資格なんて…… まだ……)
足元を見る。 震えている。
まだ、姫の隣に立てる足ではない。
(……だから…… 歩けるようにならないと……)
ロウは再び歩き出した。
一歩。 二歩。 三歩。
昨日よりも、 ずっと強い足取りで。
(……姫様の未来を守るために。
姫様の隣に立つために。
私は……歩く。)
医務室の静けさの中で、
ロウの足音が小さく響いた。
その音は、
昨日までの彼にはなかった強さを持っていた。




