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赤ずきん姫とオオカミ騎士~姫に触れられるのは、ただひとりのオオカミだけ~  作者: 月乃雫


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第71話 “理由”を告げる

第69話 政略結婚の罠




医務室の窓から差し込む光は、


昨日よりも少しだけ柔らかかった。




ロウはベッドに腰を下ろし、


足をゆっくりと動かしていた。




歩行練習の疲れは残っているが、


その表情には確かな落ち着きがあった。




ロザリンは窓際に立ち、


外の庭を眺めていた。




朝の空気は静かで、


鳥の声だけが遠くで響いている。




「……姫様」




ロウが呼びかけると、


ロザリンは振り返った。




「うん。


どうしたの?」




「……今日も、歩行練習を……」




言いかけたロウの声が、


ふいに医務室の扉の音に遮られた。




扉が開き、


侍女が深く頭を下げた。




「姫様……


宰相閣下より、至急の文が……」




ロザリンの表情がわずかに強張る。




侍女は震える手で封書を差し出した。




ロザリンは受け取り、


封を切る前に一度だけ深く息を吸った。




ロウはその様子を黙って見つめていた。




何が書かれているのか、


言葉にしなくても分かる気がした。




ロザリンは封書を開き、


目を通した。




読み終えた瞬間、


その指先がわずかに震えた。




「……姫様」




ロウが声をかけると、


ロザリンはゆっくりと顔を上げた。




「……政略結婚の……


正式な日取りが決まったって。」




その声は、


怒りでも悲しみでもなく、


ただ事実を告げるだけの静けさを持っていた。




ロウの胸が、


ぎゅっと締めつけられる。




「……そんな……


まだ……」




ロザリンは封書を握りしめ、


視線を落とした。




「父上は……


“国のためだ”って。


私の気持ちは……


もう関係ないみたい。」




医務室の空気が、


一瞬で冷たくなったように感じた。




ロウはベッドの縁を掴み、


ゆっくりと立ち上がろうとした。




「……姫様。


それは……受け入れる必要は……」




ロザリンは首を横に振った。




「受け入れないよ。


でも……


どうすれば止められるのか、


まだ分からない。」




ロウは一歩、前に出た。


足はまだ震えている。




けれど、その目には迷いがなかった。




「……姫様。


政略結婚は……


必ず、阻止します。」




ロザリンは驚いたようにロウを見つめた。




「ロウ……


まだ体が……」




「体は……


必ず戻します。


でも……姫様が……


望まない未来に進むことだけは……


見ていられません。」




その声は、


弱さを残しながらも、


確かな意志を持っていた。




ロザリンは息を呑み、


ゆっくりとロウに近づいた。




「……ロウ。


一緒に……考えてくれる?」




ロウは深く頷いた。




「……はい。


姫様と……共に。」




医務室の静けさの中で、


二人の間に


新しい緊張と決意が生まれていた。






第70話 従わない理由=胸の奥の“気づき”






医務室を出たあと、


ロザリンはしばらく廊下を歩いていた。




宰相の言葉が、


まだ胸の奥に重く残っている。




「……従わない理由を示せ……?」




その言葉は、


脅しではなく“条件”として突きつけられたものだった。




従わない理由。


国が納得する理由。


王が認めざるを得ない理由。




(……そんなもの……


どこにあるの……?)




ロザリンは歩きながら、


胸の奥がじんと痛むのを感じた。




廊下の窓から差し込む光が、


床に淡い影を落としている。




その影を見つめながら、


ロザリンはふと立ち止まった。




(……ロウ……)




医務室で見たロウの姿が、


静かに浮かんでくる。




昨日よりも確かに強くなった足。




震えながらも前へ進もうとする背中。




自分のために立ち上がろうとする姿。




そして──


あの言葉。




『……姫様の……


お側に戻るためです。』




胸の奥が、


きゅっと締めつけられた。




(……どうして……


こんなに……)




ロザリンは胸に手を当てた。




(……どうして……


ロウの言葉で……


こんなに苦しくなるの……?)




歩き出そうとした足が、


ふいに止まった。




(……従わない理由……


そんなの……)




胸の奥に、


静かにひとつの答えが浮かんだ。




(……私……


ロウのこと……)




言葉にならない。




けれど、


胸の奥で確かに形を持ち始めた。




ロザリンは息を吸い、


その気持ちを胸の奥にそっとしまった。




(……これは……


誰にも言えない……


でも……


これが“理由”になる……)




ロザリンは医務室へ戻るために歩き出した。




扉を開けると、


ロウがこちらを見た。




「……姫様?


お顔が……」




ロザリンは首を振った。




「大丈夫。


ちょっと……考え事をしてただけ。」




ロウは心配そうに眉を寄せたが、


それ以上は聞かなかった。




ロザリンはロウの姿を見つめ、


胸の奥で静かに思った。




(……従わない理由……


私は……


もう見つけたから……)




けれど、


それを言葉にするつもりはなかった。




ただ、


今は胸の奥にそっとしまったまま。






第71話 “理由”を告げる






城の廊下は、 朝の光を受けて静かに輝いていた。




けれど、その静けさは ロザリンの胸の内とはまったく違っていた。




ヴァルガ宰相の執務室へ向かう足取りは、


いつもより重い。




けれど、迷いはなかった。




(……言わなきゃいけない。


私が……選んだ理由を。)




扉の前に立つと、 護衛が深く頭を下げた。




「姫様。 宰相閣下がお待ちです。」




ロザリンは小さく頷き、 扉を押し開けた。




執務室には、 書類の山と、


その奥に座るヴァルガ宰相の姿があった。




「お入りなさい、姫様。」




宰相の声は柔らかい。




だが、


その奥にあるものは 決して柔らかくなかった。




ロザリンはまっすぐ宰相を見た。




「……政略結婚の件。


正式に……拒否しに来ました。」




宰相の手が止まった。




「……理由を伺いましょう。」




ロザリンは胸の奥にある言葉を、


ゆっくりと外へ出した。




「……好きな人がいるからです。」




宰相の目が細くなる。




「……ほう。 それは初耳ですな。」




ロザリンは視線を逸らさなかった。




「その人以外とは…… 結婚できません。」




宰相は椅子から立ち上がり、


ロザリンの前まで歩いてきた。




「姫様。 “誰”なのです?」




ロザリンは一瞬だけ迷った。


けれど、胸の奥にある答えは揺らがなかった。




「……ロウです。」


宰相の表情が、 わずかに動いた。




「医務室の…… あの青年ですか。」




ロザリンは頷いた。




「はい。 私は…… 彼が好きです。」




宰相はしばらく黙っていた。




その沈黙は、 重く、冷たかった。




やがて宰相は口を開いた。




「姫様。


それは…… “国のための結婚”を拒む理由としては、 あまりに個人的すぎます。」




ロザリンは拳を握った。




「個人的でも…… 私の人生です。」




宰相は微笑んだ。


その笑みは、 冷たく、鋭かった。




「姫様。 あなたが“誰を好きか”など……


政治の場では何の価値もありません。」




ロザリンは息を呑んだ。


宰相は続けた。




「ですが…… その“個人的な理由”を、


私は確かに受け取りました。」




ロザリンの胸がざわつく。




(……受け取った……? どういう意味……?)




宰相は机に戻り、


書類を整えながら淡々と告げた。




「姫様が“そのような理由”で政略結婚を拒否したとあれば……


王にも、国にも、 相応の説明が必要になります。」




ロザリンは一歩踏み出した。




「……説明なら、します。」




宰相は微笑んだ。




「ええ。 姫様にはしていただきますとも。


いずれ……必ず。」




その言葉は、 宣告のように響いた。




ロザリンは執務室を出た。




扉が閉まった瞬間、 胸の奥が静かに震えた。




(……言った…… ちゃんと……言えた……)




けれど、 その震えは不安だけではなかった。




(……ロウ…… あなたに……


いつか伝わるのかな……)




ロザリンは廊下を歩きながら、


胸の奥にそっと手を当てた。




(……でも、まだ言わない。


これは……政治の理由。


恋の言葉じゃない。)




医務室へ戻る足取りは、 ほんの少しだけ軽かった。











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