第69話 政略結婚の罠
医務室の窓から差し込む光は、
昨日よりも少しだけ柔らかかった。
ロウはベッドに腰を下ろし、
足をゆっくりと動かしていた。
歩行練習の疲れは残っているが、
その表情には確かな落ち着きがあった。
ロザリンは窓際に立ち、
外の庭を眺めていた。
朝の空気は静かで、
鳥の声だけが遠くで響いている。
「……姫様」
ロウが呼びかけると、
ロザリンは振り返った。
「うん。
どうしたの?」
「……今日も、歩行練習を……」
言いかけたロウの声が、
ふいに医務室の扉の音に遮られた。
扉が開き、
侍女が深く頭を下げた。
「姫様……
宰相閣下より、至急の文が……」
ロザリンの表情がわずかに強張る。
侍女は震える手で封書を差し出した。
ロザリンは受け取り、
封を切る前に一度だけ深く息を吸った。
ロウはその様子を黙って見つめていた。
何が書かれているのか、
言葉にしなくても分かる気がした。
ロザリンは封書を開き、
目を通した。
読み終えた瞬間、
その指先がわずかに震えた。
「……姫様」
ロウが声をかけると、
ロザリンはゆっくりと顔を上げた。
「……政略結婚の……
正式な日取りが決まったって。」
その声は、
怒りでも悲しみでもなく、
ただ事実を告げるだけの静けさを持っていた。
ロウの胸が、
ぎゅっと締めつけられる。
「……そんな……
まだ……」
ロザリンは封書を握りしめ、
視線を落とした。
「父上は……
“国のためだ”って。
私の気持ちは……
もう関係ないみたい。」
医務室の空気が、
一瞬で冷たくなったように感じた。
ロウはベッドの縁を掴み、
ゆっくりと立ち上がろうとした。
「……姫様。
それは……受け入れる必要は……」
ロザリンは首を横に振った。
「受け入れないよ。
でも……
どうすれば止められるのか、
まだ分からない。」
ロウは一歩、前に出た。
足はまだ震えている。
けれど、その目には迷いがなかった。
「……姫様。
政略結婚は……
必ず、阻止します。」
ロザリンは驚いたようにロウを見つめた。
「ロウ……
まだ体が……」
「体は……
必ず戻します。
でも……姫様が……
望まない未来に進むことだけは……
見ていられません。」
その声は、
弱さを残しながらも、
確かな意志を持っていた。
ロザリンは息を呑み、
ゆっくりとロウに近づいた。
「……ロウ。
一緒に……考えてくれる?」
ロウは深く頷いた。
「……はい。
姫様と……共に。」
医務室の静けさの中で、
二人の間に
新しい緊張と決意が生まれていた。




