第66話 最初の味方候補
ロザリンは回廊を歩きながら、
胸の奥に小さな緊張を抱えていた。
(……味方……
ひとりでいい……
誰か……)
昨日よりも、
廊下の空気はさらに冷たく感じる。
侍女たちは丁寧に頭を下げる。
兵士たちも礼を欠かさない。
ただ──
視線がすぐに逸れる。
声をかけられない。
距離が、昨日よりも一歩遠い。
(……宰相の“命令”が、
はっきり形になってきてる……)
ロザリンは小さく息を吐いた。
そのとき──
角を曲がった先で、
ひとりの人物が立ち止まった。
近衛隊長・カイン。
ロザリンを見ると、
一瞬だけ目を見開いた。
(……この人なら……
“揺らぎ”がある……)
カインは深く頭を下げた。
「姫様。
お加減はいかがでしょうか。」
ロザリンは静かに頷いた。
「私は大丈夫。
……あなたは?」
カインは少しだけ言葉を選ぶように、
視線を横へ逸らした。
「……城内が、少し……騒がしくなっております。」
ロザリンの胸がざわつく。
「騒がしい?」
「はい。
姫様の……“ご婚約”について、
さまざまな憶測が……」
ロザリンは言葉を挟まなかった。
カインは続ける。
「……宰相殿が、
“姫様の周囲には慎重に接するように”と……
そういう指示を出されたようです。」
ロザリンは目を伏せた。
(……やっぱり……
距離の理由は……これ……)
カインはロザリンの沈黙を見て、
ほんのわずかに眉を寄せた。
「……姫様。
私は……
“命令”だけで動くつもりはありません。」
ロザリンは顔を上げた。
カインの目は揺れていた。
完全な味方ではない。
でも、完全な敵でもない。
その“揺らぎ”が、
今のロザリンには救いだった。
「……ありがとう。
それだけで十分。」
カインは深く頭を下げた。
「……何かございましたら……
どうかお声を。」
ロザリンは小さく微笑んだ。
「……頼りにしてる。」
カインの肩がわずかに震えた。
それは緊張か、決意か、
どちらとも言えない微妙な揺れだった。
医務室では、
ロウがゆっくりと呼吸を整えていた。
扉の向こうの気配が、
いつもより静かに感じる。
(……姫様……
どこに……)
ロウは布団の端を握り、
指先に力を込めた。
(……早く……動けるように……)
そのとき、
医務室の扉が静かに開いた。
ロザリンが戻ってきた。
ロウはゆっくりと上体を起こし、
息を整えてから声を出した。
「……お戻りに……なられたのですね。」
ロザリンはロウのそばに座り、
少しだけ息を吐いた。
「……味方になってくれそうな人、
ひとり……見つけた。」
ロウの目がわずかに揺れた。
「……そうでしたか。」
ロザリンは続けた。
「でも……
“完全な味方”じゃない。
揺れてる。
でも……その揺れが、
今は……ありがたい。」
ロウはゆっくりと頷いた。
「……姫様。
揺らぎのある者ほど……
真実を見ようとするものです。」
ロザリンはロウを見つめた。
「……ロウも、そう思う?」
ロウは息を整え、
静かに答えた。
「……はい。
姫様が……
その方を信じたいと思われたなら……
それが……“最初の一手”になります。」
ロザリンは小さく微笑んだ。
「……ありがとう。
あなたがそう言ってくれると……
少し、安心するわ。」
ロウは目を伏せ、
静かに息を吐いた。
(……姫様を……
ひとりにしない……
必ず……)
医務室の空気は静かだった。
けれど、
その静けさの奥で──
宰相の影が、確かに形を持ち始めていた。




