第65話 ロウの焦りが静かに強まる
数日後。
医務室を出たロザリンは、
廊下の空気の変化をすぐに感じ取った。
侍女たちは丁寧に頭を下げる。
兵士たちも礼を欠かさない。
ただ──
視線がすぐに逸れる。
声をかけられる気配が薄い。
足音が、少し遠巻き。
昨日よりも、
その“距離”ははっきりしていた。
(……やっぱり……
宰相が動いてる……)
ロザリンは胸の奥がざわつくのを感じながら、
静かに歩を進めた。
医務室では、
ロウがゆっくりと呼吸を整えていた。
ロザリンが出ていった扉を見つめたまま、
しばらく動かない。
(……姫様……
大丈夫だろうか……)
身体はまだ完全ではない。
動こうとすれば、
息を整える必要がある。
それでも──
胸の奥に、
小さな焦りが生まれていた。
ロウはゆっくりと布団の端を握り、
指先に力を込めてみた。
(……少しでも……
早く……動けるように……)
その瞬間、
扉がノックされた。
「失礼いたします、ロウ殿。」
担当医のエルドだった。
ロウは姿勢を整え、
呼吸をひとつ整えてから答えた。
「……はい。」
エルドは脈を取り、
胸の動きを確かめ、
静かに頷いた。
「順調です。
ただ……まだ無理はできません。
歩行は……もう少し控えてください。」
ロウは目を伏せた。
「……承知しました。」
エルドは続けた。
「姫様も……ご心配でしょう。
しかし、焦りは禁物です。」
ロウはその言葉に、
わずかに反応した。
「……姫様は……
おひとりで……
多くを背負っておられます。」
エルドは短く息をついた。
「……そのように見えますね。」
ロウはゆっくりと顔を上げた。
「……姫様を……
お守りしたいのです。
そのためにも……
早く……動けるように……」
エルドはロウの目を見て、
静かに言った。
「そのお気持ちは分かります。
ですが……
今は“回復”が最優先です。
焦れば……姫様がもっと心配されますよ。」
ロウは息を整え、
ゆっくりと頷いた。
「……はい。」
エルドが退室すると、
医務室は再び静かになった。
ロウは天井を見つめ、
胸の奥で小さく息を吸った。
(……姫様……
どうか……無事で……)
その祈りのような思いは、
焦りではなく、
静かな決意へと変わりつつあった。




