第63話 回復の兆し
数日後。
医務室の窓から差し込む光は柔らかく、
白いカーテンを揺らしていた。
静けさの中で、
ロウの呼吸だけが一定のリズムを刻んでいる。
ロウはゆっくりと上体を起こし、
枕に背を預けた。
昨日より顔色は良いが、
動くたびに小さく息を整える仕草が残る。
ロザリンは椅子に座り、
その様子をじっと見守っていた。
「……苦しくない?」
ロザリンが声をかける。
ロウは一度、深く息を吸ってから答えた。
「はい……大丈夫です。
まだ……少し力は入りませんが……
話すのは……問題ありません。」
言葉は途切れない。
けれど、
ひとつひとつ慎重に発しているのが分かる。
ロザリンは胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。
ロウはわずかに目を伏せた。
「……ご心配を……おかけしました。」
その言い方が、
まだ本調子ではないことを静かに示していた。
ロザリンは椅子から少し身を乗り出した。
「無理しないで。
まだ起き上がるのも辛いでしょ。」
「いえ……これくらいなら
……大丈夫です。」
そう言いながらも、
ロウは呼吸を整えるために一拍置いた。
その小さな間が、
“回復途中”の温度を確かに伝えていた。
扉がノックされ、
担当医のエルドが入ってきた。
「失礼いたします。
容態を確認いたします。」
ロウは姿勢を整え、
エルドは脈と呼吸を丁寧に確かめた。
「……ふむ。
呼吸は安定していますね。
昨日よりずっと良い。」
ロザリンは思わず息をついた。
「ほんとに……?」
「ええ。」
ロザリンの表情が少し緩む。
「よかった……」
エルドは続けた。
「ただし、急に動くと負担になります。
今はまだ回復の途中です。
焦らず、ゆっくりと。」
ロウは静かに頷いた。
「承知しました。」
エルドはロウの肩にそっと手を置いた。
「あなたは強い。 姫様の支えも大きいのでしょう。」
ロザリンは少し頬を赤らめた。
エルドは短く礼をして退室した。
扉が閉まると、
医務室に再び静けさが戻った。
ロザリンはふと視線を落とした。
ロウはその横顔を見つめて、
「……姫様。
もし……何かございましたら……
どうか……お申し付けください。」
ロザリンは小さく首を振った。
「大丈夫。
ただ……ちょっと、空気が変わっただけ。」
ロウはゆっくり息を吸い、
慎重に言葉を紡いだ。
「……必ず……回復いたします。
姫様のおそばに……戻れるように。」
ロザリンはその言葉に、
静かに息を吸った。
「……うん。
待ってる。」
ロウは少しだけ微笑んだ。
医務室の静けさの中、
ロウの呼吸は落ち着いていて、
確かな回復の気配があった。
「……姫様。 少し……試してみてもよろしいでしょうか。」
「試すって……何を?」
ロウは左手で布団を軽く押し、
上半身をほんの少しだけ前に傾けた。
その動きはゆっくりで、 慎重で、
呼吸を乱さないように気をつけているのが分かる。
ロザリンは思わず身を乗り出した。
「ちょっと……大丈夫?」
ロウは息を整えながら答えた。
「はい……。 昨日より……体が動くかどうか
…… 確かめたかっただけです。」
背中の筋肉がわずかに震える。
痛みではない。
ただ、久しぶりに力を入れたときの
“空白の感覚”がある。
ロザリンはそっとロウの腕に手を添えた。
「無理しないで。 倒れたら意味がないわ。」
ロウはその手を見て、 少しだけ目を伏せた。
「……申し訳ありません。
姫様に……ご心配を……」
ロウはもう一度だけ息を整え、 ゆっくりと背を枕に戻した。
「……動ける範囲が…… 昨日より増えているのは……確かです。」
「うん。 でも、今日はここまで。」
ロウは静かに頷いた。
「……はい。 姫様のお言葉に
……従います。」
ロザリンはロウの手をそっと握り直し、
ロウはわずかに微笑んだ。
「……必ず…… もっと動けるように……なります。」
医務室の空気が、
ほんの少しだけ温かくなった。




