第61話 政略結婚の正式通告
数日後。
医務室の窓から差し込む光は、
昨日よりも少しだけ白く見えた。
ロウは枕に頭を預けて、
浅い呼吸のまま目を覚ました。
ロザリンはその手を包み、
静かに声をかけた。
「ロウ……起きた?」
「……はい……
ひめ……さま……」
声は弱い。
でも、言葉は途切れない。
ロザリンは胸を撫で下ろした。
その時だった。
医務室の扉が、ノックもなく開いた。
ロザリンは振り返る。
入ってきたのは──
ヴァルガ宰相。
昨日までより、
わずかに冷たい気配をまとっていた。
宰相は丁寧に頭を下げた。
「姫様。
本日は、王国の未来に関わる
重大なご報告がございます」
ロザリンの胸がざわつく。
宰相は静かに告げた。
「──姫様のご婚約が、
正式に決定いたしました」
ロザリンの指が震えた。
ロウの呼吸がわずかに乱れる。
ロザリンは一歩前に出た。
「……私は、そのような婚約を認めていません」
宰相は微笑んだ。
その笑みは、まだ“柔らかい仮面”を保っている。
「姫様のご意志は尊重いたします。
ですが、これは“国の決定”でございます」
ロザリンは眉を寄せた。
「父上は……本当にそれを望んでいるの?」
宰相は淡々と答える。
「王はご病床にあり、
判断を下せる状態ではございません。
ゆえに、私が代行しております」
ロザリンの胸が冷たくなる。
(……父上が……
本当に判断できない状態……?)
ロウは息を整えながら、
短く言葉を絞り出した。
「……ひめ……さま……
ごこんやく……とは……」
ロザリンはロウの手を握り直した。
「ロウ、大丈夫。
私は従わない」
ロウは苦しげに息を吐いた。
「……ひめ……さまが……
のぞまない……なら……
ぼくは……」
宰相がロウに視線を向けた。
「ロウ殿。
療養に専念なさい。
姫様の未来に口を挟むべきではありません」
ロウは悔しさに目を伏せた。
(……また……
まもれない……)
ロザリンは宰相を睨んだ。
「ロウは関係あるわ。
私の……大切な人よ」
宰相の目がわずかに揺れた。
宰相は静かに頭を下げた。
「姫様のご意志は承りました。
しかし、国の決定は変わりません。
どうか……ご理解を」
その声は、
まだ“脅し”ではない。
だが、
確実に“何かが始まった”気配があった。
宰相は兵士を連れて退室した。
扉が閉まる音が、
医務室に静かに響いた。
ロザリンはロウの手を握り、
その頬にそっと触れた。
「ロウ……
私はあなたを置いていかない。
絶対に」
ロウは弱い声で返した。
「……ひめ……さま……
ぼくも……まもりたい……」
ロザリンは微笑んだ。
「じゃあ……
これから先のこと……
一緒に考えましょう」
ロウの目に、
静かな光が宿った。
ここで初めて“共闘の芽”が生まれる。
まだ動かない。
でも、
二人の視線が同じ方向を向き始める。




