第60話 二人だけの静かな時間
ロウが目を開けてから、
まだ数時間しか経っていなかった。
医務室の空気は静かで、
外の兵士の足音だけが遠くに響く。
ロザリンはロウの枕元に座り、
その手をそっと握っていた。
ロウの指は弱く、
けれど確かにロザリンの手を握り返している。
(……ロウ……
本当に……戻ってきてくれた……)
胸の奥がじんわりと熱くなる。
ロウがゆっくりと口を開けた。
「……ひめ……さま……」
その声はかすれていて、
今にも途切れそうだった。
ロザリンは微笑んだ。
「無理に喋らなくていいの。
今は……休んで」
ロウは首を横に振ろうとしたが、
力が入らず、
ほんのわずかに動いただけだった。
「……ここ……は……」
「医務室よ。
あなたは……ずっと眠っていたの」
ロウの眉がわずかに寄る。
「……ひめ……さま……
……ずっと……?」
ロザリンは頷いた。
「ええ。
あなたの側を……離れなかったわ」
ロウの目が揺れた。
その揺れは、言葉よりも深い感情を伝えていた。
ロウは唇を震わせた。
「……おれ……が……
まもれ……なかった……」
ロザリンは首を振った。
「守ってくれたわ。
あなたが生きて戻ってきてくれたことが……
私にとって一番の“守り”なの」
ロウの目に、
静かに涙が滲んだ。
ロザリンはロウの額に手を添えた。
「熱は……少し下がってきたわ。
もう大丈夫よ」
ロウはゆっくりと目を閉じ、
ロザリンの手に頬を寄せた。
「……ひめ……さま……
……そば……に……」
ロザリンは微笑んだ。
「いるわ。
ずっと……ここにいる」
ロウの呼吸が少し落ち着き、
その表情が穏やかになっていく。
ロザリンはロウの手を握ったまま、
静かに呟いた。
「ロウ……
あなたが戻ってきてくれたなら……
私は……何だってできる」
ロウは目を閉じたまま、
かすかに微笑んだ。
「……ひめ……さま……
……ありがとう……」
その言葉は、
弱くて、
でも確かにロザリンの胸に届いた。
医務室には、
二人の呼吸だけが静かに重なっていた。
外の世界がどう動こうと、
この瞬間だけは──
二人だけの時間だった。




