第58話 ロウの意識が揺れる
医務室の窓から差し込む光は、
朝なのか昼なのか、
ロザリンにはもう分からなくなっていた。
兵士たちは扉の外に立ち続け、
交代の足音だけが規則正しく響く。
ロザリンはロウの手を握りながら、
静かに息を吸った。
ロウの指は冷たく、
けれど確かに“生きている温度”があった。
「……ロウ……
聞こえる……?」
返事はない。
それでもロザリンは、
何度も何度も声をかけた。
昼過ぎ。
侍女が食事を運んできた。
「姫様……
お食事を……」
ロザリンは首を振った。
「いらないわ。
ロウが目を覚ますまで……
私はここを離れない」
侍女は困ったように言う。
「で、ですが……
宰相閣下より“姫様の体調管理を徹底せよ”と……」
ロザリンの胸がざわついた。
ロザリンは静かに言った。
「宰相の命令より、
私の意志の方が下だと言うの?」
侍女は言葉を失い、
深く頭を下げて部屋を出た。
扉が閉まる音が、
やけに重く響いた。
(……誰も……
私の味方じゃない……)
胸が痛む。
けれど──
ロウの手を握ると、
その痛みは少しだけ和らいだ。
その時だった。
ロウの指が、
かすかに震えた。
ロザリンは息を呑んだ。
「……ロウ……?
今……動いた……?」
ロウの眉が、
ほんのわずかに寄った。
(……ロウ……
聞こえてる……?
私の声……届いてる……?)
ロザリンはロウの手を両手で包み込んだ。
「ロウ……
お願い……
戻ってきて……」
ロウの唇が、
ほんの少しだけ動いた。
声にはならない。
けれど──
確かに“何か”を言おうとしていた。
ロザリンの胸が熱くなる。
「ロウ……
あなた……
私を呼んでるの……?」
ロウの呼吸が、
一瞬だけ深くなった。
まるで、
ロザリンの声に応えるように。
ロザリンは涙をこぼしながら、
ロウの頬に触れた。
その瞳には、強い光が宿っていた。
ロザリンはロウの手を握りしめた。
その瞬間──
ロウの指が、
もう一度、確かに動いた。
ロザリンは涙を拭い、
微笑んだ。
「……ロウ……
戻ってきてくれるのね……」
医務室の外。
兵士たちの足音が遠ざかると、
廊下の奥に黒い影が立った。
ヴァルガ宰相。
しかし彼は、
まだ医務室の扉に近づかない。
宰相は静かに目を細めた。
(……焦る必要はない。
姫様が“心を折る瞬間”は、
必ず訪れる)
そして、
ゆっくりと踵を返した。
ロザリンの知らぬところで、
宰相の次の策が静かに動き始めていた




