第53話 姫の涙と決意
旧薬庫の扉は、
ロザリンが叩いても叩いても開かなかった。
「ロウ!!
返事して……ロウ!!」
声が枯れても叫び続けた。
(……ロウ……
どうか……生きていて……)
その時だった。
──カンッ。
金属が床に落ちるような音が、
扉の向こうから微かに響いた。
ロザリンの心臓が跳ねた。
「ロウ……!?
ロウなの……!?」
返事はない。
でも──
確かに“何か”が動いている。
ロザリンは涙を拭い、
扉の隙間に手をかけた。
「……開いて……お願い……開いて……!」
その瞬間。
「姫様!!」
後ろから兵士たちが駆け寄ってきた。
「姫様、危険です!
この扉は宰相閣下の命で──」
「開けなさい!!」
ロザリンの声は震えていたが、
その瞳は強かった。
兵士たちは一瞬ためらったが、
姫の気迫に押され、
鍵を外し始めた。
──ガチャッ。
扉がゆっくりと開く。
冷たい空気が流れ出し、
血の匂いが混じった。
ロザリンは息を呑んだ。
「ロウ……!」
薄暗い旧薬庫の奥。
ロウは床に倒れていた。
脇腹から血が流れ、
剣は手から離れ、
呼吸は浅い。
ロザリンは駆け寄った。
「ロウ!!
ロウ!!」
ロウの瞼がわずかに震えた。
「……ひ……め……さま……?」
その声は、
今にも消えそうに弱かった。
ロザリンはロウの手を握った。
「ロウ……!
どうして……こんな……
こんなに血が……!」
ロウは苦しそうに息をしながら、
微笑もうとした。
「……大丈夫……です……
姫様が……無事なら……」
ロザリンの胸が締めつけられた。
(……ロウ……
あなたは……
いつも……私のことばかり……)
涙が溢れた。
「大丈夫じゃない!!
こんなに……傷だらけで……
どうして……笑うの……!」
ロウはかすかに首を振った。
「……姫様が……
泣かないで……ください……」
その言葉が、
ロザリンの心を決定的に揺らした。
ロザリンはロウの手を強く握りしめた。
「ロウ……
あなたを……守る……
絶対に……守る……」
ロウの目が揺れた。
「……姫様……?」
ロザリンは涙を流しながら言った。
「宰相が……あなたを狙ってる。
お父様の言葉も……奪った。
もう……黙っていられない……」
ロウは息を呑んだ。
(……姫様……
こんなに……強い目を……)
ロザリンは続けた。
「ロウ……
あなたを失いたくないの。
絶対に……」
その言葉は、
恋の告白に限りなく近かった。
ロウの胸が熱くなる。
(……姫様……
俺も……
あなたを……)
しかし、
ロウは言葉を飲み込んだ。
今は言えない。
言ってはいけない。
ロザリンは兵士たちに叫んだ。
「ロウを運んで!!
急いで!!
医師を呼んで!!」
兵士たちはすぐに動き、
ロウを担ぎ上げた。
ロザリンはその横を離れず歩いた。
(……ロウ……
絶対に助ける……
宰相なんかに……奪わせない……)
その瞳には、
涙と──
強い決意が宿っていた。
その頃。
廊下の奥で、
ヴァルガ宰相は静かに立っていた。
ロザリンがロウを抱きしめるように寄り添い、
必死に救おうとしている姿を見て、
宰相は目を細めた。
(……姫様……
そこまでロウを……)
宰相は静かに呟いた。
「……ならば──
次は“姫様”を動けなくするしかない」
ロウを救った姫の決意は、
同時に宰相の“次の一手”を呼び寄せていた。




