第51話 ロウに仕掛けられる罠
宰相の影が、
王城の空気を静かに変え始めていた。
ロザリンとロウが密談した翌朝。
ロウはいつも通り姫の部屋の前に立っていたが、
胸の奥に不穏なざわつきを感じていた。
(……宰相閣下……
必ず何か仕掛けてくる……)
その予感は、
すぐに現実となった。
侍従が駆け寄ってきた。
「ロウ殿。
宰相閣下がお呼びです」
ロウは一瞬だけ眉をひそめた。
(……来たか……)
ロザリンが部屋から出てきた。
「ロウ……?
どこへ行くの……?」
ロウは静かに答えた。
「宰相閣下のところへ。
すぐ戻ります」
ロザリンは不安そうにロウの袖を掴んだ。
「……気をつけて……
宰相……何か企んでる……」
ロウは微笑んだ。
その笑みは優しく、そしてどこか切なかった。
「姫様。
私は大丈夫です。
必ず戻ります」
ロザリンは胸が痛んだ。
(……ロウ……
行かないで……
嫌な予感がする……)
しかしロウは、
その手をそっと離し、
宰相の執務室へ向かった。
執務室に入ると、
ヴァルガ宰相は穏やかな笑みを浮かべていた。
「ロウ殿。
来てくれてありがとう」
ロウは無表情で頭を下げた。
「ご用件を」
宰相は机の上の書類を指で軽く叩いた。
「最近、城内で“不審な動き”がある。
姫様の安全のため、
調査をお願いしたい」
ロウは目を細めた。
(……不審な動き……?
嘘だ……これは……)
宰相は続ける。
「調査場所は──
“地下の旧薬庫”だ」
ロウの胸がざわついた。
旧薬庫。
王城の中でも、
最も人が寄りつかない場所。
そして──
宰相が自由に出入りできる唯一の“閉ざされた空間”。
ロウは悟った。
(……罠だ……)
宰相は微笑んだまま言う。
「姫様のためだ。
頼めるかね?」
ロウは迷わなかった。
「……承知しました」
宰相の目が細くなる。
(……やはり……
姫様のためなら動くか)
ロザリンは部屋で落ち着かなかった。
(……ロウ……
どうして……
こんなに胸がざわつくの……)
その時、侍従が来た。
「姫様。
ロウ殿は宰相閣下の命で、
“地下の旧薬庫”へ向かわれました」
ロザリンは息を呑んだ。
「旧薬庫……?
そんな……
あそこは……危険な場所じゃない……!」
胸が強く痛む。
(……宰相……
ロウを……罠に……)
ロザリンは立ち上がった。
「……ロウを追うわ」
侍従が慌てて止める。
「姫様、それは──」
「止めないで。
ロウが危ないの」
ロザリンは走り出した。
ロウは地下へ続く階段を降りていた。
冷たい空気。
湿った石壁。
誰もいない。
(……宰相閣下……
ここで俺を……)
その時──
背後で“ガチャン”と音がした。
ロウが振り返ると、
階段の上で兵士たちが扉を閉めていた。
「……閉じ込める気か」
ロウは剣に手をかけた。
しかし──
その瞬間、
奥の闇から複数の影が現れた。
宰相の私兵。
ロウは悟った。
(……これは……
“排除”のための罠だ……)
ロザリンは息を切らしながら地下へ向かっていた。
(……ロウ……
お願い……
無事でいて……)
階段に着いた瞬間、
扉が閉ざされているのを見て叫んだ。
「ロウ!!
ロウ!!」
中からは何も聞こえない。
ロザリンは扉を叩いた。
「開けて!!
ロウが中にいるの!!
開けて!!」
涙がこぼれる。
(……ロウ……
どうか……
どうか無事で……)
その頃、
宰相は執務室で静かに目を閉じていた。
(……姫様……
あなたがどれほどロウを想おうと……
政治は止まらない)
宰相は呟いた。
「ロウ……
ここで消えてもらう」
ロウに仕掛けられた罠は、
まだ始まりにすぎなかった。




