第44話 宰相の本当の狙い
王城の外の薄暗い建物の中で、
ロザリンは色あせた絵画からそっと視線を外した。
胸の奥に残るざわつきは、
懐かしさとも、悲しさとも違う。
もっと複雑で、言葉にできない重さだった。
ヴァルガ宰相は、
ロザリンの反応を観察するように
静かに微笑んでいた。
「姫様……陛下は、ここでよく物思いにふけっておられました。
あなたのことを案じながら」
ロザリンは表情を崩さず、
従順な姫の声で返す。
「……そうだったのですね」
だがその声の奥にある温度は、
ロウだけが感じ取っていた。
ロウは静かに周囲を見渡しながら、
宰相の動きを一瞬たりとも見逃さない。
ヴァルガは部屋の奥へ歩き、
古い机の引き出しに手をかけた。
「姫様。
陛下が残されたものが、ここにあります」
引き出しが軋む音を立てて開く。
ロザリンの胸が、
またひとつ強く揺れた。
中には──
古い手帳のようなものが一冊、
丁寧に布に包まれて置かれていた。
ロザリンは息を呑む。
(……お父様の……?
でも、どうして宰相が……?)
ロウも同じ疑問を抱いていた。
ヴァルガは手帳を両手で持ち、
ロザリンの前に差し出した。
「姫様。
どうか……お受け取りください。
陛下のお気持ちが、ここに記されております」
ロザリンは、
従順な姫のまま手を伸ばす。
だが──
触れる直前で、指先がわずかに震えた。
(……これは“真実”なの?
それとも……宰相が見せたい“形だけの真実”?)
ロウはその震えを見て、
一歩前に出た。
「姫様。
私が確認いたします」
ヴァルガの目が細くなる。
笑っているのに、温度がない。
「ロウ殿。
それは姫様にお渡しするものです。
あなたが触れる必要はありませんよ」
ロウは頭を下げたが、
その沈黙には明らかな警戒が滲んでいた。
ロザリンは、
その空気を感じ取りながら手帳を受け取った。
重い。
ただの紙の重さではない。
(……お父様の“気持ち”が書かれている……
そう言われれば、信じたくなる。
でも……宰相が差し出すものを、そのまま信じていいの……?)
ヴァルガは静かに言った。
「姫様。
どうか……お読みください。
陛下が、あなたに伝えたかったことを」
その声は優しい。
だが、その優しさは“誘導”そのものだった。
ロザリンは手帳を胸に抱え、
ゆっくりと息を吸った。
「……はい。
後ほど、ゆっくりと読ませていただきます」
ヴァルガの笑みが深くなる。
「ええ。
姫様が“正しい道”を選ばれることを……
私は心より願っております」
その言葉に、
ロザリンの胸がひやりと冷えた。
(……“正しい道”?
宰相が言う“正しさ”とは……何?)
ロウは、
宰相の言葉の裏にある意図を読み取ろうと
静かに目を細めた。
(……宰相は、姫様を“ある方向”へ導こうとしている。
この手帳は、そのための“鍵”だ)
ロザリンは従順な姫のまま、
静かに頭を下げた。
「宰相様。
案内してくださり……ありがとうございます」
ヴァルガは満足げに頷く。
「姫様のためです。
すべては……陛下のご意志のままに」
その言葉が、
建物の静けさに溶けていく。
ロザリンは手帳を胸に抱きしめ、
静かに息を整えた。




