第41話 静かに揺れ始める心
王城の執務室。
窓から差し込む午後の光が、机の上の書類を淡く照らしていた。
宰相ヴァルガは、
いつもの穏やかな声で切り出した。
「姫様。
そろそろ“ご結婚”についてもお考えいただく頃かと存じます」
ロザリンは、
一瞬だけまばたきを忘れた。
(……結婚……?
私が……?)
宰相は淡々と続ける。
「王家の血筋を守るためにも、
姫様には相応しいお相手が必要です。
近隣諸国からも縁談が届いております」
ロザリンは返事ができなかった。
胸の奥が、
ほんの少しだけざわついた。
(……結婚……
そうなったら……私は……)
でも、その先の言葉は浮かばない。
ただ、
胸の奥が“落ち着かない”。
理由は分からない。
ロウはロザリンの後ろに控えていた。
宰相の言葉を聞いた瞬間、
胸がわずかに痛んだ。
(……姫様が……誰かと……)
しかしロウは、
護衛としての顔を崩さない。
呼吸も、姿勢も、声も変えない。
ただ──
ほんの一瞬だけ、
視線が揺れ、
何かを隠そうとする表情になった。
ヴァルガ宰相はその、
“わずかな揺れ”を見逃さなかった。
(……ロウ
…空気が変わった)
それはまだ“恋”と断定できるほどの材料ではない。
ただの違和感。
しかし、宰相はこういう違和感を決して忘れない。
ロザリンは小さく息を吸い、
震えないように声を出した。
「……少し……考えます」
宰相は満足げに頷いた。
「姫様のご決断をお待ちしております」
宰相が部屋を出ていく。
扉が閉まる音が、
やけに大きく響いた。
ロザリンはその場に立ち尽くした。
胸の奥のざわつきは、
まだ続いている。
(……どうして……?
結婚なんて……まだ先の話なのに……
どうしてこんなに……落ち着かないの……?)
ロウがそっと声をかける。
「姫様……大丈夫ですか」
ロザリンは振り返った。
ロウの顔を見た瞬間、
胸のざわつきが少し強くなる。
(……ロウ……
なんで……?
なんでロウの顔を見ると……余計に……)
でも理由は分からない。
ただ、
胸が苦しい。
ロザリンは小さく微笑んだ。
でもその笑みは、どこか弱かった。
「……ロウ……
少し……外の空気を吸いたいの」
ロウは深く頷いた。
「はい。
お供いたします」
二人は静かに歩き出す。
ロザリンの胸の奥では、
まだ名前のない感情が
ゆっくりと、静かに動き始めていた。
──どうしてこんなに落ち着かないの。
──どうして胸が苦しいの。
──何がこんなに嫌なの。
その答えは、
まだ遠い。
でも確かに、
ここから始まっていた。




