第35話 ふたりだけに流れる時間
王城の朝は静かで、どこか柔らかかった。
昨日までのざわめきが嘘のように、空気は澄んでいる。
けれど、それは王城が落ち着いたからではない。
ロザリンとロウのあいだに、 確かな“変化”が生まれたからだ。
周囲の空気がどうであれ、
ふたりの距離だけが、昨日よりも近い。
ロザリンは自室の窓辺に立ち、
朝の光を浴びながら静かに息を整えていた。
胸の奥にあるのは、不安ではない。
昨日、ロウが沈黙を破ってくれたあの瞬間から、
心の中心に灯った“確信”だった。
──私は、ロウを信じていい。 そして、ロウもまた私を信じてくれている。
その事実が、
ロザリンの心を穏やかに満たしていた。
扉の向こうから、控えめなノックが響く。
「姫様。ロウです」
その声を聞くだけで、
胸の奥が温かくなる。
「入って」
ロザリンは振り返り、
自然と微笑んでいた。
ロウは部屋に入ると、
いつものように丁寧に頭を下げた。
けれど、昨日までとは違う。
その瞳には、
“言葉を交わすことを恐れない”
そんな柔らかさが宿っていた。
「姫様。……昨日の件で、
お疲れではありませんか?」
ロザリンは首を振る。
「疲れてなんていないわ。
むしろ……あなたが言葉をくれたことが、嬉しかったの」
ロウは一瞬だけ目を伏せた。
その頬に、かすかな熱が宿る。
「……姫様が、僕を信じてくださったからです」
その言葉が、
ロザリンの胸を静かに震わせた。
(ロウ……あなたは、こんなにも真っ直ぐな人だったのね)
ロザリンは窓辺に歩み寄り、
ロウに手招きをした。
「ロウ。ここに来て」
ロウは少し戸惑いながらも、
ロザリンの隣に立つ。
窓の外には、
王城の庭が広がっていた。
朝露に濡れた花々が、光を受けて輝いている。
「綺麗ね……」
ロザリンが呟くと、
ロウも静かに頷いた。
「ええ。……姫様が見ておられるから、
余計にそう見えるのかもしれません」
ロザリンは驚いてロウを見つめた。
「ロウ……あなた、そんなこと言う人だったかしら?」
ロウはわずかに目を逸らし、
耳まで赤くなっていた。
「……姫様が、言葉を求めてくださったので」
ロザリンはそっと笑った。
「じゃあ、これからも聞かせて。
あなたの言葉を」
ロウはゆっくりと頷いた。
「……はい。
姫様のためなら、いくらでも」
その声音は、
誓いのように静かで、
けれど確かにロザリンの心を満たした。
風が吹き、
窓辺のカーテンがふわりと揺れた。
ロザリンの髪が風に流れ、
ロウの指先に触れる。
その瞬間、
ふたりは同時に息を呑んだ。
ロザリンはそっと手を引こうとしたが、
ロウがほんの一瞬だけ、その手を追うように動いた。
触れたのは、指先だけ。
けれど、その一瞬に宿った温度は、
言葉よりも深かった。
ロザリンは小さく微笑む。
「ロウ……あなた、今……」
ロウは慌てて姿勢を正した。
「し、失礼しました……!」
「いいのよ。
私は……嬉しかったから」
ロウは驚いたように目を見開き、
そしてゆっくりと表情を緩めた。
「……姫様」
その声は、
これまで聞いたどんな声よりも優しかった。
その後も、
ふたりは窓辺で静かに話を続けた。
ロウが幼い頃に見た月の話
ロザリンが好きな花の色
王城の中で、ふたりが落ち着く場所
そして、これからのこと
どれも他愛ない話だった。
けれど、
ふたりの距離を確かに近づけるための、大切な時間だった。
ロザリンは思う。
(ロウと話す時間が、こんなにも心地いいなんて……
私は、いつからこんな気持ちになっていたのかしら)
ロウもまた、
胸の奥に静かに芽生えるものを感じていた。
(姫様のために沈黙を破ったあの日から……
僕は、姫様の隣に立ちたいと願っている)
ふたりの心は、
まだ言葉にはならないけれど、
確かに同じ方向を向いていた。
王城の外では、
政治の波が静かに揺れている。
けれど──
この部屋の中だけは、
ふたりの時間が穏やかに流れていた。
ロザリンはロウの横顔を見つめながら、
そっと呟いた。
「ロウ。
あなたがいてくれると……私は強くなれるわ」
ロウはその言葉を胸に刻むように、
静かに答えた。
「姫様。
僕は、これからもずっと……
あなたのそばにいます」
その言葉は、
ふたりの関係をさらに深く結びつける“光”だった。




