第34話 ふたりの歩幅が揃うとき ― 王国が見た光
王城に満ちていた緊張は、ゆっくりと、しかし確実に変わり始めていた。
ロウが沈黙を破り、私──ロザリン──がその言葉を受け止めたあの日から、
王国の空気は少しずつ色を変えていく。
その変化は、誰かが声高に叫ぶようなものではない。
けれど、確かに“風向き”が変わったのだと、王城にいる者たちは感じていた。
翌朝、ロザリンが廊下を歩くと、侍女たちが深く頭を下げた。
その仕草は昨日までと変わらない。
だが、そこに宿る“温度”が違っていた。
──敬意。 ──安心。 ──そして、姫の選んだ者を認める気配。
侍女のひとりが、そっと声をかける。
「姫様……昨日の会議、拝見しておりました。
ロウ様のお言葉……胸に響きました」
ロザリンは微笑んだ。
「そう。彼は、誠実な人よ」
侍女は頷き、少し照れたように言った。
「姫様が信じる方なら……私たちも信じられます」
その言葉は、ロザリンの胸に静かに染み込んだ。
(……ロウ。あなたの沈黙を破った勇気は、
王城の心をも動かしているわ)
一方、ロウは訓練場で剣を振っていた。
その動きはいつも通り正確で、無駄がない。
だが、彼の胸の奥には昨日とは違う“熱”があった。
(姫様は……僕を信じると言ってくださった)
その言葉は、剣の軌道をわずかに柔らかくするほどの力を持っていた。
訓練を見ていた若い騎士が、恐る恐る声をかける。
「ロウ様……昨日の会議、すごかったです。
あんなふうに姫様のために言葉を尽くすなんて……」
ロウは剣を収め、静かに答えた。
「姫様を守るのは、僕の役目です」
若い騎士は首を振った。
「役目だけじゃありませんよ。
あなたの言葉には……想いがありました」
ロウは一瞬だけ目を伏せた。
その頬に、かすかな熱が宿る。
(……想い。
僕にそんなものがあるのだろうか)
だが、胸の奥に浮かぶロザリンの笑顔が、
その問いに静かに答えていた。
その日の午後、
ロザリンは城下町へ視察に出た。
ロウはその後ろに控え、いつものように周囲を見渡している。
町の人々は、姫の姿を見ると嬉しそうに頭を下げた。
そして、その後ろに立つロウを見ると──
驚きと、安心と、尊敬が混ざったような表情を浮かべた。
「姫様を守った騎士様だ……」
「森で姫様を救ったって話、本当だったんだな」
「姫様が信じてるなら、間違いないさ」
そんな声が、自然と広がっていく。
ロザリンは振り返り、ロウに微笑んだ。
「ねえ、ロウ。
あなたのことを、みんなが見ているわ」
ロウは少し戸惑ったように眉を寄せた。
「……僕など、ただの護衛です」
ロザリンは首を振る。
「違うわ。
あなたは“私が信じた人”。
それだけで、王国の人たちはあなたを認め始めているの」
ロウは言葉を失った。
胸の奥が、静かに熱を帯びる。
視察の帰り道。
夕陽が王城の壁を赤く染める中、
ロザリンとロウは並んで歩いていた。
沈黙はあった。
けれど、それは気まずさではなく、
“心が同じ方向を向いているときの沈黙”だった。
ロザリンがふと口を開く。
「ロウ。
あなたが沈黙を破ってくれたこと……本当に嬉しかったわ」
ロウは歩みを止め、ロザリンを見つめた。
「……姫様が信じてくださったからです。
僕は、姫様の言葉に救われました」
ロザリンの胸が温かくなる。
「なら……これからも、言葉を聞かせて。
あなたの沈黙は、時に私を遠ざけてしまうから」
ロウは驚いたように目を見開いた。
そして、ゆっくりと頷いた。
「……はい。
姫様のためなら、僕は何度でも言葉を紡ぎます」
その言葉は、
誓いのように静かで、
けれど確かに“ふたりの距離”を縮めていた。
その夜、王城の塔から見える城下町には、
灯りが穏やかに揺れていた。
民たちは噂していた。
「姫様は、あの騎士を信じているらしい」
「なら、俺たちも信じよう」
「姫様のそばに立つにふさわしい男だ」
その声は、
王国全体に広がる“温かい風”のようだった。
ロザリンは塔の上で、
その光景を静かに見つめていた。
(……ロウ。
あなたとなら、私はどんな影も越えていける)
胸の奥に灯る光は、
昨日よりも、ずっと強かった。




