第33話 沈黙を破る者
王城の空気は、春の気配を含みながらも、どこか張りつめていた。
昨日、ロザリンが僕を信じると言ってくれたあの瞬間から、胸の奥に灯った光は消えていない。
だが同時に──その光を守るために、僕は沈黙を続けてきた。
姫様の前では語らないこと。
自分の過去も、力のことも、影のように背負ってきたものも。
それらは“姫様を守るため”に隠してきた。
けれど──
姫様が私を信じると言ってくれた以上、 私はもう沈黙のままではいられない。
その日の午後、王城の会議室では、
姫様の魔力安定に関する協議が行われていた。
僕は本来、扉の外で控えているだけのはずだった。
だが、扉の向こうから聞こえてきた言葉に、
胸の奥が静かに波立った。
「姫様の魔力は、近頃不安定だと報告が──」
「ロウ殿が近くにいると、魔力が揺らぐという説も……」
「姫様の判断は、ロウ殿に影響されているのでは?」
その言葉は、
姫様を傷つけるためのものではない。
ただ“政治的な慎重さ”として語られているだけだ。
だが──
姫様の名が、私のせいで揺らぐことだけは許せなかった。
私は扉に手をかけた。
(……沈黙を破る時だ)
扉を開けた瞬間、
会議室の空気がわずかに揺れた。
文官たちの視線が一斉にこちらへ向く。
その中心にいる姫は、驚いたように目を見開いた。
「ロウ……?」
僕は深く頭を下げた。
「姫様。
そして皆様。
本来、私がこの場に立つべきではないことは承知しております」
文官たちがざわめく。
だが僕は続けた。
「しかし──
姫様の名が、私の存在によって揺らぐのであれば、沈黙を続けるわけにはいきません」
姫の瞳が揺れた。
その揺らぎは、僕を止めようとする優しさだった。
だが僕は、静かに首を振った。
(姫様。
あなたが僕を信じてくれたから、
私はここに立てるのです)
僕は会議室の中央へ進み、
文官たちの視線を受け止めた。
「姫様の魔力が揺らぐのは、
私のせいではありません」
一瞬、空気が止まった。
「姫様の力は、
“花の力”として王家に受け継がれるもの。
その揺らぎは、姫様自身の成長の証であり、
誰かの影響によるものではありません」
文官の一人が問う。
「しかし、森での一件では──」
「森での揺らぎは、
姫様が“奪われかけた”からです」
会議室がざわめく。
僕は続けた。
「姫様の力は、
外部から干渉されれば反応します。
あの日、姫様に向けられた術式は、
“測定”ではなく“奪取”でした」
ロザリンが息を呑む。
「ロウ……あなた……」
僕は静かに頷いた。
「姫様を守るために、
僕は沈黙してきました。
しかし、その沈黙が姫様の立場を揺らすのであれば──
私はすべてを語るべきだと思いました」
私は文官たちに向き直った。
「姫様の判断は、
私が影響を与えているのではありません。
姫様は、誰よりも冷静で、
誰よりも王国を思っておられる」
ロザリンの瞳が揺れ、
その揺らぎは涙の光に変わりかけていた。
「私はただ、
姫様の命を守るために動いただけです。
姫様の判断に口を挟んだことは、一度もありません」
文官たちは沈黙した。
その沈黙は、疑いではなく“理解”の沈黙だった。
ロザリンが立ち上がった。
その姿は、昨日よりも強く、
そして美しかった。
「皆さん。
ロウの言葉は真実です」
その声は、
王城の空気を変える力を持っていた。
「私はロウに影響されているのではありません。私はロウを信じているのです」
その言葉に、
僕は胸の奥が熱くなるのを感じた。
ロザリンは続ける。
「信じることは、影響ではありません。
私の意思です。
私の判断です。
そして──私の誇りです」
会議室は静まり返った。
その静寂の中で、
私は初めて、
沈黙を破ったことを後悔しなかった。
会議が終わり、
ロザリンがそっと私の隣に立った。
「ロウ。
あなたが沈黙を破ってくれて……嬉しかったわ」
僕は静かに答えた。
「姫様が信じてくださったから、
僕は言葉を持てました」
ロザリンは微笑んだ。
「これからも、
あなたの言葉を聞かせて。
沈黙のままじゃ、あなたの心が遠くなるもの」
その言葉は、
胸の奥に深く沈んでいった。
(……姫様。
あなたのためなら、私は何度でも沈黙を破る)
そう思いながら、
僕は姫の横顔を見つめた。
その横顔は、
どんな影にも負けない光を宿していた。




