第3話 思い出の庭
ロウはしばらくロザリンを見つめていた。
その瞳の奥に、何かを決意する光が宿る。
「……僕は、あなたに会ったことがある」
ロザリンは瞬きをした。
「え……?」
ロウはゆっくりと語り始める。
「僕はロウ・エルネスト。
僕が十三のとき。あなたは十一歳で……王城の庭で、少しだけ話した」
ロザリンは赤ずきんを指でつまみながら、 ロウの名を何度も心の中で繰り返していた。
──ロウ・エルネスト。 その名前は、確かにどこかで聞いたことがある。
けれど、記憶の扉はまだ開かない。
ふと、胸の奥で何かが揺れた。
─十一歳の頃。 ──王城の庭。 ──ひとりで泣いていた日のこと。
ロザリンはゆっくりと目を閉じた。
* あの日、ロザリンは王城の庭で泣いていた。 理由は些細なことだった。
侍女に叱られ、兄にからかわれ、 誰にも気持ちを分かってもらえなかった。
花壇の前で膝を抱えていたとき── 影がひとつ、そっと近づいてきた。
「……泣いてるの?」
低くて、でも優しい声だった。
顔を上げると、 見習いの少年が立っていた。
黒髪で、少し不器用そうで、 けれど目だけはとても優しかった。
ロザリンは涙を拭いながら言った。
「泣いてないもん……」
少年は困ったように笑った。
「そっか。 でも……泣きたいときは泣いていいよ」
その言葉が、胸にすっと入ってきた。 ロザリンは思わず聞いた。
「あなた、名前は?」
少年は少し照れたように答えた。
「ロウ。 ロウ・エルネスト。 護衛の見習い」
ロザリンは小さく頷いた。
「ロウ……。 あなたの瞳、優しいね」
少年は驚いたように目を見開き、 そして照れたように笑った。
その笑顔が、 ロザリンの心に深く刻まれた。
* ロザリンは目を開けた。
「……思い出した」
胸が熱くなる。 あのときの少年。 優しい瞳をした護衛見習い。
泣いていた自分に、 初めて“泣いていい”と言ってくれた人。
ロザリンはそっと呟いた。
「ロウ……あなた、あのときの……」
赤ずきんが風に揺れた。
ロザリンの胸の奥で、 長い時間を越えて、 ひとつの記憶が静かに繋がった。




