第27話 王城に広がる影の噂
ロザリンがロウを庇って森から戻った直後──
王城は静かに、しかし確実にざわめき始める。
二人の関係は、誰もが見て見ぬふりをしてきた“境界線”を越えつつあった。
王城の門がゆっくりと開き、
ロウとロザリンが並んで戻ってきた。
森での戦闘の痕跡がまだ残る二人の姿は、
王城の空気を一瞬で変えた。
ロウの肩には薄く傷があり、
ロザリンの指先には花の光の余韻が残っている。
その光景を見た騎士たちは、息を呑んだまま動けなかった。
「……姫様が……ロウを庇ったらしい」
「森で一緒に戦ったって……本当か?」
「姫様が、あのロウの前に立ったって……?」
噂は、火がついたように広がっていった。
王城の廊下、訓練場、侍女たちの控え室──
どこへ行っても、二人の名が囁かれていた。
ロウはその視線を感じながらも、
表情を変えずに歩いた。
だが、胸の奥には静かなざわめきがあった。
(……姫様を巻き込んでしまった)
ロウはそれだけが気がかりだった。
自分が狙われるのは構わない。
だが、ロザリンが噂の中心に立たされることだけは避けたかった。
しかし、ロザリンは違った。
王城の視線を受けても、
彼女は一歩も怯まず、まっすぐ前を見て歩いた。
その姿は、
まるで「ロウを庇ったことを後悔していない」と
静かに示しているようだった。
二人が通るたび、騎士たちの会話が途切れ、
侍女たちの視線が揺れた。
「姫様が……ロウ様を守ったのよ」
「ロウ様って、あの“月の守護者”でしょう?
姫様が前に立つなんて……」
「まさか……特別な関係……?」
「いや、でも……あの二人、どこか……」
噂は形を変え、
まるで生き物のように王城を駆け巡った。
ロウはその声を聞きながら、
胸の奥がわずかに痛んだ。
(……姫様に迷惑がかかってしまう)
そう思った瞬間、
隣を歩くロザリンがふとロウを見上げた。
「ロウ。気にしなくていいわ」
ロウは驚いて彼女を見る。
ロザリンは微笑んだ。
その笑みは、噂の渦中にいるとは思えないほど穏やかだった。
ロウの胸が熱くなる。
「私は……あなたを守りたかっただけ。
それを後悔していないもの」
その言葉でロウの心をさらに揺さぶった。
噂が王城中に広がる中、
宰相ヴァルガは執務室で報告を受けていた。
「……姫様がロウを庇った?
結界を破壊したのは姫様の花の力だと?」
魔術師が震える声で頷く。
「は、はい……。
姫様の力が、ロウの月の力を解放したようで……」
ヴァルガの表情が歪む。
「花と月が……互いを強め合うだと……?」
机の上の書類が、
ヴァルガの握りしめた拳で震えた。
「二人を……これ以上近づけてはならない。
姫の力を奪う計画が崩れる」
その声は、
怒りと焦りが混ざった低い唸りだった。
「ロウを排除するだけでは足りない。
姫様も……管理下に置く必要がある」
ヴァルガの瞳に、
新たな闇が宿った。
その頃、ロウは訓練場の片隅で剣を磨いていた。
森での戦いの疲れが残っているはずなのに、
彼は休もうとしなかった。
噂が耳に入るたび、胸の奥がざわつく。
(……姫様を巻き込んでしまった)
ロウは剣を握る手に力を込めた。
自分が狙われるのは構わない。
だが、姫が噂の中心に立たされることだけは避けたかった。
そのとき、背後から声がした。
「ロウ」
振り返ると、騎士団長が立っていた。
「……お前の噂が広がっている。
姫様を守る行動が、皆の目に強く映ったようだ」
ロウは黙って聞いていた。
団長は続ける。
「だが、悪い噂ではない。
むしろ……お前を“姫の守護者”として見る者が増えている」
ロウは目を伏せた。
「……それが姫様の負担にならなければいいのですが」
団長はしばらくロウを見つめ、
静かに言った。
「姫様は、お前が思うより強い。
そして……お前を信じている」
ロウの胸がわずかに揺れた。
(……信じている)
その言葉が、
胸の奥に静かに沈んでいく。
夕暮れの廊下。
ロウは巡回を終え、静かに歩いていた。
その背に、また視線が集まる。
「……あれが姫様を守ったロウ様……」
「姫様の前でだけ表情が柔らかくなるって……本当なのかしら」
「姫様がロウ様を庇ったって話も……」
ロウはその声を聞きながら、
胸の奥にひとつの決意を固めていた。
(……噂がどう広がろうと、僕がやることは変わらない)
姫を守る。
それだけだ。
その決意は、
噂に揺れる王城の中で、
ひときわ静かに、しかし強く輝いていた。




