第26話 姫の庇護
月影の森は、昼でも薄暗い。 木々の枝が空を覆い、差し込む光は細い糸のように揺れていた。
ロウは馬を降り、森の奥へと足を踏み入れた。
風が止まり、森が息を潜める。 その静けさは、自然のものではなかった。
(……結界の気配)
ロウは足を止め、周囲を見渡した。 空気がわずかに歪んでいる。 魔術師たちが仕掛けた“月力封じ”の術式だ。
「宰相……本気で僕を消すつもりですね」
ロウは剣に手をかけた。 その瞬間、森の奥から複数の気配が迫る。
黒いローブの影が木々の間から現れた。
ヴァルガの魔術師部隊だ。
「ロウ。宰相閣下の命により、お前を拘束する」
ロウは静かに剣を抜いた。 その動きは迷いがなく、ただ淡々としていた。
「……僕は姫様を守るために生きる。
その邪魔をするなら、容赦はしません」
魔術師たちが一斉に魔法陣を展開する。 森の空気が震え、光が走る。
ロウは地面を蹴り、術式の中心へ飛び込んだ。
剣が光を裂き、風が巻き起こる。
だが、結界の力は強く、ロウの身体に重い圧がのしかかった。
(……月力が……抑えられる……)
魔術師たちが笑う。
「封じの結界の中では、お前の力は半分も出せまい」
ロウは歯を食いしばり、剣を構え直した。 その瞳には、まだ消えない強い意志が宿っている。
「半分でも……十分です」
再び剣が閃き、魔術師の術式が砕け散る。 しかし、数が多い。
ロウの呼吸が荒くなり、膝がわずかに沈む。
(……このままでは……)
そのときだった。 森の奥から、風を切る音が響いた。
「ロウ!!」
ロウの目が大きく見開かれる。
その声は木々の間から、 赤いマントを揺らしながら飛び込んでくる。
ロザリンだった。
「姫様!? なぜここに──!」
ロザリンはロウの前に立ち、両手を広げた。 魔術師たちの術式が彼女に向かって放たれる。
ロウは叫んだ。
「姫様、危ない!!」
しかしロザリンは一歩も退かない。 その瞳は揺らぎなく、強い光を宿していた。
「ロウを傷つけるなら……私が相手です!」
魔術師たちが動揺する。
「姫様!? なぜ……!」
ロザリンの指先から、花の光が溢れた。 その光は結界に触れた瞬間、まるで霧が晴れるように消し飛んだ。
ロウは息を呑む。
(……花の力が……月の封印を打ち消している……?)
ロザリンは振り返り、ロウを見つめた。 その表情は、涙を見せたあの日よりもずっと強く、優しかった。
「ロウ。あなたを守るのは……私の番です」
ロウの胸が熱くなる。 言葉が出なかった。
魔術師たちは後退し、焦りの色を浮かべる。
「姫様……その力……まさか……!」
ロザリンは静かに言った。
「ロウを傷つける者は、誰であろうと許しません」
その声は、花の加護を受けた王家の者だけが持つ“威厳”を帯びていた。
ロウはゆっくりと立ち上がり、ロザリンの隣に並んだ。
その瞳は、彼女の前でだけ柔らかくなる。
「……姫様。 あなたが僕を庇うなんて……」
ロザリンは微笑んだ。
「あなたは、私を守ってくれたでしょう? だから今度は、私があなたを守るの」
ロウは胸の奥が熱くなるのを感じながら、 静かに剣を構え直した。
「……では、共に帰りましょう。姫様」
二人の前に、魔術師たちが再び術式を構える。
だが、もうロウは封じられていなかった。
ロザリンの花の光が、彼の月力を解き放っていた。
ロウはロザリンを守るために剣を振るい、 ロザリンはロウを守るために花の光を放つ。
二人の力が重なった瞬間、 森の空気が震え、結界が完全に崩れ落ちた。
その光景は、 まるで“花と月が並び立つ”運命のようだった。




