第176話 父王の告白──揺れる姫の胸
王城は静けさを取り戻しつつあったが、ロザリンの胸には、まだ重い影が残っていた。
父──レオンハルト国王の様子が、どこか静かすぎるから。
朝、侍女から「陛下は今日も私室でお休みです」と聞き、ロザリンはロウと一緒に
そのまま父王の部屋へ向かった。
扉をノックすると、弱い声が返ってきた。
「……入っておいで」
ロザリンが扉を開けると、レオンハルトはベッドの上で背を預けるように座っていた。
歩けるようにはなったものの、まだ長く立つことはできない。
ロザリンは急いで近づく。
「お父様……体調は、どうですか?」
レオンハルトはゆっくりと微笑んだ。
「身体は……ゆっくり戻ってきているよ。だが、心のほうは……まだ整理がつかないのだ……」
その声は穏やかだったが、どこか深い影を帯びていた。
ロザリンはベッドのそばに腰を下ろし、父の顔を覗き込む。
「……父上……
あまり無理は……しないでくださいね」
「無理はしていない……ただ……考える時間が増えてしまってね」
ロザリンの胸がざわつく。父の言葉は、いつもより少しだけ重かった。
レオンハルトはしばらく黙り、視線を落としたまま言葉を探すように息を吐いた。
そして──静かに口を開いた。
「ロザリン。ヴァルガの件で……私は、自分の限界を知った」
ロザリンは息を呑む。
「私は……あの子の痛みに気づいていた。
それでも黙っていた。禁術を受け入れたのも……優しさだと思っていたが、
父としての弱さだったのか……
それを何度も思い出してしまう……」
その声は、長い年月の重さを抱えていた。
ロザリンは何も言えなかった。父の沈黙が、あまりにも深かったから。
レオンハルトは娘の目を見つめた。
「だから……私は退こうと思う」
ロザリンの呼吸が止まった。
「……退く?」
「王位を、お前に譲る。この国を守れるのは……お前だ」
ロザリンは震える声で言った。
「お父様……そんな……」
その一言に、ロザリンの揺れが全部詰まっていた。
父の弱さ。
父の決意。父の痛み。
それらを受け止めるには、ロザリンひとりには重すぎる。
「ロザリン」
レオンハルトは弱い手で娘の手を取った。その手は、まだ力が戻りきっていなかった。
「私はもう十分に生きた。
これ以上、誰かを傷つけたくない。お前なら……この国を未来へ導ける」
ロザリンの目が揺れた。
ロザリンはゆっくりと手を引き、視線を落とした。
「……父上……それは……
すぐには……お答えできません」
その一言は、揺れそのものだった。
レオンハルトは静かに頷く。
「いいんだ。 急がなくていい。お前の心が決まったときでいい」
ロザリンは震える指先を握りしめた。
「……考えさせてください。父上の決断を……軽く扱いたくないから」
その声は、揺れながらも誠実だった。
レオンハルトは優しく微笑む。
「ロザリン。 それでいい。それが……お前らしい」
ロザリンは小さく頷いた。
まだ決意は固まっていない。でも、逃げてもいない。
部屋を出たあと、ロザリンは廊下で立ち止まり、胸に手を当てた。
呼吸が乱れる。視界が揺れる。心が痛い。
そして──小さく呟いた。
「……ロウに、話さなきゃ……」
その言葉とともに、ロザリンは静かに歩き出した。
揺れたまま、ロウのもとへ向かうために。




