第177話 揺れた心を支える声
ロザリンが父の私室から出てきた瞬間、ロウはすぐに一歩前へ出た。
「姫様」
その声は、驚かせないように抑えられていて、
けれどロザリンの揺れを支えるための柔らかさがあった。
ロザリンは胸に手を当て、小さく息を震わせた。
「……ロウ……」
ロウはロザリンの顔を見た瞬間、その揺れを察した。
「姫様。
このままでは……落ち着きません。 私室へ戻りましょう」
ロザリンは小さく頷いた。歩き出そうとした足が、少しだけ震えた。
ロウはロザリンの歩幅に合わせて横で支える。
二人は静かな廊下を歩き、ロザリンの私室へ向かった。
扉を閉めると、外の気配がすっと消える。
ロザリンは部屋の中央で立ち止まり、
胸に手を当てたまま、深く息を吐いた。
ロウは距離を保ったまま、ロザリンが話しやすい位置に立つ。
「……ロウ……」
ロザリンはゆっくり振り返った。
その瞳は揺れていて、言葉を探しているようだった。
「父上が……退位すると……言いました」
ロウの瞳がわずかに揺れた。ロザリンは続ける。
「私に……王位を譲ると……」
言葉の終わりが掠れた。
胸の奥が痛い。呼吸が乱れる。
ロウは静かに言った。
「……そうですか」
その声は、驚きでも戸惑いでもなく、ただロザリンの揺れを受け止めるための静けさだった。
ロザリンは視線を落とし、震える声で呟いた。
「……私で……務まるでしょうか……
国を……守れるでしょうか…… お父様の代わりなんて……」
その言葉が落ちた瞬間、ロウは迷いなく近づいた。
そして、そっとロザリンの手を取った。指先が触れた瞬間、ロザリンの呼吸がわずかに揺れる。
「姫様」
その声は、ロザリンの心を落ち着かせるための音だった。
ロウはロザリンの手を包み込むように握り、静かに言葉を紡いだ。
「姫様は……代わりになる必要はありません。 姫様は姫様のままで……務まります」
ロザリンの目が揺れた。その揺れを見て、ロウは続けた。
「私は……ずっと姫様のそばで見てきました。」
ロザリンは息を止める。
ロウの声は静かだったが、その奥に確かな温度があった。
ロウはロザリンの手を離さず、親指でそっとロザリンの指先を撫でた。
揺れを落ち着かせるための、恋人としての触れ方。
「姫様は、誰よりも人の痛みに気づく方です。
兵の怪我を見れば足を止め、 民の声を聞けば耳を傾ける。 それは……王に必要な“目”です。」
ロザリンの指先がわずかに震えた。
ロウはその震えを逃さず、そっと手を握り直す。
「姫様は、誰かのために怒れる方です。
理不尽を前にして、黙っていられない。 それは……王に必要な“心”です。」
ロザリンは胸に手を当てた。その言葉が、痛いほど胸に響く。
ロウはさらに一歩近づき、ロザリンの手を引いて自分の胸元へ寄せた。恋人として自然な距離。
「そして── 姫様は、恐れながらも前に進める方です。」
ロザリンは息を呑む。
「恐れを知らない者よりも、恐れながら進める者のほうが……国を守れます。」
ロザリンの瞳が、
涙が溢れそうに揺れていた。
ロウはロザリンの手を胸元に置いたまま、静かに言った。
「私は……その姿をずっと見てきました。
だから、務まると思うのです。 姫様は姫様のままで……十分です。」
ロザリンは胸の奥が熱くなるのを感じた。揺れた心が、少しだけ形を持ち始める。
「……ロウ……
あなたが、こうしていてくれること…… それが、今の私には……とても大きいのです」
ロウはロザリンの手を離さず、そっと指を絡めた。
「私は……ずっと姫様の隣にいます。 どんな未来でも……支えます」
その言葉が胸に落ちた瞬間、
ロザリンは静かに息を整えて、名前を呼んだ。
「……ロウ……
あなたの言葉は……私を落ち着かせてくれます」
その声は、揺れた心が少しだけ落ち着いた証だった。
ロウは静かに頷いた。
「姫様。 決意は急がなくていい。 揺れているなら……揺れたままでいい。 私は……その揺れごと支えます」
ロザリンはゆっくり目を閉じた。胸の奥の痛みが、少しだけ和らぐ。
そして──小さく、確かに息を吸った。
「……ありがとう……ロウ……」
その言葉は、揺れた心がロウに寄りかかった瞬間だった。
ロウは静かに頷いた。




