第175話 父王の静かな苦悩
黒い靄が消え、王城は静けさを取り戻した。
しかし、その静けさは安堵ではなく──重く沈んだ影のようだった。
レオンハルト国王は、自室でゆっくりと回復していた。身体は少しずつ戻ってきている。けれど、心はまったく晴れなかった。
目を閉じると、ヴァルガの少年の頃の姿が浮かぶ。
あの子は、自分を本当の父だと信じていた。
私はそれを否定しなかった。否定できなかった。
──あの子を守りたかったから。
しかし、デービッド前国王が亡くなる間際に告げた言葉。
”お前は俺が捨てた子だ”
その瞬間、ヴァルガの世界は崩れた。
そして──私もそれを黙っていた。
その沈黙が、あの子を闇へ向かわせた。
「……私は、あれで良かったのだろうか」
誰にも届かない声が、静かに部屋に落ちる。
ヴァルガの痛みに気づいていた。
だから禁術を拒まなかった。抵抗しなかった。
父として、償いのように受け入れた。
だが──その優しさは、結果としてあの子をさらに追い詰めた。
「止めるべきだったのか……それとも、受け入れたことが正しかったのか……」
答えはどこにもない。
事件の収束後、囚われたヴァルガが、
私にかけていた禁術を解いたとき、
その瞳に残っていたのは怒りではなく──疲れ切った諦めだった。
朦朧とした意識の中で、見えたあの表情が、
胸に棘のように刺さったまま抜けない。
レオンハルトはゆっくりと息を吐いた。
「私は……国王としても、父としても……正しい選択ができていたのだろうか……」
回復していく身体とは裏腹に、心はどんどん沈んでいく。
前国王の判断が、一人の子を闇へ向かわせた。
父としての私の沈黙が、あの子の心を壊した。
その事実は、どれだけ時間が経っても消えない。
レオンハルトは天井を見つめた。
「……このまま国王を続けていても……
いいのだろうか」
その問いは、何度も胸の中で繰り返された。
しばらくしてから──レオンハルトの心は
静かに、確かに、ひとつの答えが形になった。
「私は……退こう」
その声は弱さではなく、深い後悔と、最後の責任から生まれたものだった。
王城の空気はまだ重い。
だがその奥で、ひとつの決断が静かに芽を出し始めていた。




