第170話 戻った光の中で
林を抜けると、王都の空気はまるで別の街のように変わっていた。
黒い靄はほとんど消え、
朝の光が石畳に静かに降り注いでいる。
昨日まで影が重く沈んでいた建物は、光を受けて淡く輝き、
街の輪郭がゆっくりと息を吹き返していく。
人々の足取りも軽く、まるで胸の奥にあった重石が外れたようだった。
ロザリンとロウが中心街へ戻ると、数人の国民が空を見上げていた。
「……黒い靄が……消えていった……」
その声は驚きよりも、信じられないものを見たときの静かな震えだった。
別の国民がロザリンとロウの姿に気づき、息を呑んだように目を見開いた。
「……姫様。靄を……調べに来ていただけたのですか?」
ロザリンはゆっくりと頷いた。その仕草だけで、国民たちの肩の力が抜けていく。
「ええ。林に咲いていた黒い花が魔術をかけられていて……それが王都に黒い靄を広げていたようです。」
国民たちは互いに顔を見合わせ、小さく震える声が漏れた。
「……そんな花が……」
「……あの林は薄暗くて、誰も入らなかったし……」
「……知らなかった……」
ロウは一歩前へ出て、国民たちの不安を包むように穏やかに声をかけた。
「皆さん、安心してください。姫様の花の力で黒い花はすべて枯れて、もうありません。」
ロザリンはすぐに続けた。
「ロウの力でもあります。
月の力は危険なものではありません……皆さんを守りました。」
その言葉に、国民たちの視線がロウへ向いた。
驚きがゆっくりとほどけ、戸惑いが安堵へ変わり、その安堵が静かな感謝へと形を変えていく。
「……ロウ殿が……」
「月の力で……?」
「姫様……ロウ殿。王都を守っていただき、ありがとうございます。」
ロウは少しだけ目を伏せた。
その表情には、長い間受け入れられなかった力がようやく認められた静かな喜びが滲んでいた。
ロザリンはロウの横顔を見つめ、胸の奥が温かくなるのを感じた。
「ロウは……王都のそして、私の守護騎士です。皆さんを守るために、力を使いました。」
国民たちは深く頷いた。
「……守護騎士様……」
「月の力が……王都を救ったんだ……」
「ロウ殿……ありがとうございます。」
その声は、昨日まで街を覆っていた不安を溶かすように
柔らかく広がっていった。
ロウは静かに頭を下げた。
「……僕は、ただ……姫様と王都を守りたいだけです。」
ロザリンはその言葉に、そっと微笑んだ。
王都の光は完全に戻り、街の空気は穏やかに澄んでいた。
ロザリンとロウは並んで歩き出す。
その背中を、王都の人々が静かに見送っていた。
まるで、二人の歩みが
王都の新しい光を導いているかのように。




