第169話 花と月が触れるとき
王都の林は、朝の光が差しているはずなのに、まだ薄暗い影をまとっていた。
黒い靄は地面近くに漂い、まるで王都の息を奪うようにゆっくりと揺れている。
ロザリンとロウは、昨日見つけた黒い花の群生地へ向かって歩いた。
ロザリンの胸の奥では、花の力が弱い光を灯しながら、王都の痛みを静かに訴えていた。
ロウの月の力も、闇に触れるたびにわずかに揺れ、黒い靄の濃さを知らせてくる。
林の奥へ進むほど、空気は重く沈み、風の流れすら止まっていく。
やがて──昨日と同じ場所に辿り着いた。
黒い花が、辺り一面に咲いていた。
花弁は光を吸い込み、闇の靄を生み続けている。
ロザリンは静かに息を呑んだ。
「……こんなに沢山……」
ロウはロザリンの隣に立ち、黒い花々を見つめた。
「姫様。ヴァルガが言っていた通り……姫様の花の力、そして僕の月の力を重ねれば……
きっと枯らせられます」
ロザリンは黒い花々の前に立ち、そっとロウへ手を差し出した。
「……ええ、そうね。ふたりなら……」
ロウは迷いなくその手を取る。
二人の指が絡むと、花の力と月の力が触れ合った瞬間、空気がわずかに震えた。
ロザリンの胸の奥で花の力が脈打ち、ロウの月の力がそれに応えるように震えた。
ロザリンはロウの手を握ったまま、ゆっくりとその手を上へ掲げた。
まるで祈りの形のように、二人の手が闇の花々の上へ伸びていく。
その瞬間──ロザリンの掌から花の光が溢れ出した。
淡く、柔らかく、王都の光そのもののような輝き。
ロウの月の力がそれに寄り添うように重なった。
二つの光はひとつの流れになって花の光は柔らかく、月の光は静かに揺れ、二つの光はまるで呼吸を合わせるようにゆっくりと溶け合っていく。
そして、林の空気を満たしていく。
光は二人の手からこぼれ落ち、雨のように黒い花々へ降り注いだ。
黒い花は光に触れた瞬間、わずかに震え──花弁が静かにほどけていく。
闇の花々は、音もなく枯れ始めた。
花弁は黒い靄を手放し、白い光に包まれながら土へ帰っていく。
まるで「闇は光に還るために咲いていた」そんなふうに見えるほど静かで美しい崩れ方だった。
ロザリンは息を呑んだ。
「……黒い花が、消えた……?」
ロウはその光景を見つめながら、握った手に力を込めた。
「姫様……花の力と月の力が重なって、闇の靄が……消えていきます」
光が林全体へ広がり、黒い靄がすうっと引いていく。
空気が軽くなる。
風が戻る。
王都の光が、ゆっくりと息を吹き返すように林の奥から差し込んできた。
ロザリンは胸に手を当てた。
「……王都が、息をしてるいるよう……」
ロウはロザリンの横顔を見つめ、静かに頷いた。
「姫様の光が……王都を救いました」
ロザリンは首を振る。
「……いいえ、ロウがいてくれたからよ。花の力だけでは……闇は消えなかったと思うわ」
ロウは少しだけ目を伏せた。
「……姫様……僕も……
同じ気持ちです」
二人はまだ手を繋いだまま、光に包まれた林の中で立ち尽くしていた。
闇の花はすべて枯れ、黒い靄は消え、王都の空気は光を取り戻していった。




