第17話 ロウの傷
ロザリンがロウを抱きしめて止めた夜から、まだ一日しか経っていなかった。しかし王城の空気は、明らかに変わっていた。
廊下を歩くロウの前で、侍女たちが小さく悲鳴を上げる。
兵士たちは距離を取り、視線を合わせようとしない。まるでロウが“何か危険なもの”に変わってしまったかのようだった。
「……また噂が広がっているのね」
ロザリンは窓辺からその様子を見つめ、胸を痛めた。
昨夜、ロウの魔力が一瞬だけ揺れた。
その気配を敏感に察知した城の魔術師たちが、「封印が揺らいだ」「月の狼が暴れかけた」と騒ぎ立てたのだ。
事実は違う。ロウは暴走していない。ただ、ロザリンの不安に反応しただけ。それを必死に押さえ込んだだけ。
けれど、城の人々は真実を知らない。
「……怖いわよね。あの目……」「いつ暴れるか分からない」「姫様のそばに置いていい存在なのか……」
そんな声が、ロザリンの耳にも届いていた。
ロザリンは手を握りしめた。
(ロウは……そんな人じゃないのに)
ロウは廊下の角を曲がり、ロザリンの前に現れた。
その表情はいつも通り静かで、揺れがない。
だが、ロザリンには分かった。彼が“何も感じていないふり”をしていることを。
「姫様。お迎えに上がりました」
ロザリンは歩み寄り、ロウの前に立つ。その距離は、他の誰よりも近い。
「ロウ……皆のこと、気にしているでしょう?」
ロウはわずかに目を伏せた。
「僕のことをどう思われようと構いません。姫様が無事であれば、それで十分です」
その言葉は強く、揺るぎない。けれど、ロザリンには分かった。ロウが“傷ついていないわけではない”ことを。
「ロウ。あなたは……誰よりも優しいわ」
ロウは驚いたように目を瞬いた。ロザリンは続ける。
「皆があなたを誤解しても、私は知っている。あなたが私を守るために、どれだけ必死に力を抑えているか」
ロウの胸の奥で、何かが静かに揺れた。それは痛みではなく、温かさに近いものだった。
「……姫様」
ロザリンは微笑む。
「私はあなたを怖いなんて思ったこと、一度もないわ」
その言葉は、ロウの心に深く染み込んだ。城中が彼を恐れても──ロザリンだけは、彼を理解している。
それだけで、ロウは前を向けた。




