第16話 ロザリンの抱擁
ロザリンは、ロウの手を握ったまま立ち尽くしていた。
先ほどの異変──ロウの苦しそうな呼吸、震える指先。
それらが胸に焼きついて離れない。
「ロウ……本当に大丈夫なの……?」
ロウは静かに微笑む。
その表情はいつも通り落ち着いているように見える。
けれど、ロザリンには分かった。
彼が“無理をしている”ことを。
「姫様が心配する必要はありません。
僕は……大丈夫です」
その言葉は優しい。
けれど、どこか遠い。
ロザリンの胸がきゅっと痛んだ。
(どうして……こんなに苦しそうなのに……)
ロザリンはロウの手を離さなかった。
むしろ、ぎゅっと強く握りしめた。
「ロウ。
あなたが苦しんでいるのに……放っておけるわけないでしょう」
ロウの瞳がわずかに揺れた。
その揺れは、ロザリンにしか分からないほど小さなものだった。
封印刻印が、再び疼く。
ロザリンの不安が、ロウの胸の奥に直接触れたように響く。
(……また来る。抑えないと……)
ロウは息を吸い、魔力を押し込もうとした。
だが、ロザリンの手の温もりが、逆に胸の奥を刺激する。
ロザリンはその変化に気づいた。
ロウの肩がわずかに震えたのを見逃さなかった。
「ロウ……!」
次の瞬間、ロザリンはロウの胸に飛び込むように抱きしめた。
ロウの体がびくりと固まる。
ロザリンの腕は細い。
けれど、その抱擁は驚くほど強く、温かかった。
「もう……無理しないで……」
ロザリンの声は震えていた。
涙がこぼれそうになるのを必死にこらえている。
ロウは目を閉じた。
胸の奥で暴れかけていた魔力が、
ロザリンの花の力に触れた瞬間、静かに鎮まっていく。
温かい光がロウの胸に流れ込み、
封印刻印の疼きを包み込む。
(……姫様……)
ロウはゆっくりと息を吐いた。
暴走しかけた力は、完全に沈静化していた。
「……姫様。
ありがとうございます」
ロザリンは首を振る。
「ありがとうじゃないわ。
あなたが……苦しむのは嫌なの」
ロウはその言葉に胸を打たれた。
誰かが自分の痛みを“嫌だ”と言ってくれる──
そんな経験は、彼にはなかった。
ロザリンはロウの胸に顔を埋めたまま、小さく呟く。
「ロウは……私の大切な人よ」
ロウの心臓が、静かに跳ねた。
その音は、ロザリンには聞こえない。
けれど、確かに二人の距離は変わり始めていた。




