第15話 ロウの月の力
ロウの月の力が暴走しかける。
兄の部屋を出たロザリンは、胸の奥に重い不安を抱えていた。
兄の笑顔は優しい。けれど、その奥に潜む何かが、どうしても気になってしまう。
理由は分からない。ただ、胸がざわつく。
そのざわつきは、まるで冷たい手で心臓を掴まれたような感覚だった。
「……どうして、こんなに苦しいの……?」
ロザリンは胸に手を当て、ゆっくりと廊下を歩く。
王城の夜は静かで、どこか張りつめている。
その静けさが、逆に不安を増幅させた。
そのときだった。
ロウが、ロザリンの不安に反応した。
胸の奥で封印刻印が疼き、熱い痛みが走る。
視界が揺れ、呼吸が乱れかける。
心臓が早鐘のように打ち始めた。
──暴走の前兆。
ロウは歯を食いしばり、壁に手をついた。
魔力が皮膚の下で暴れようとしている。
押さえ込まなければ、溢れ出す。
(……だめだ。姫様の前で……)
ロウは必死に魔力を押し込める。
だが、ロザリンの不安が強ければ強いほど、
ロウの魔力はそれに呼応するように揺れた。
ロザリンが振り返る。
「ロウ……?」
その声が、ロウの胸にさらに強い衝撃を与えた。
ロザリンの不安が、まるで直接ロウの心に触れたように響く。
封印刻印が激しく疼く。
視界が白く染まりかける。
(……抑えろ。抑えろ……!)
ロウは深く息を吸い、魔力を押し込んだ。
暴走は──まだ起きていない。
だが、ほんの一歩間違えれば溢れ出すほどの危うさだった。
ロザリンはロウの異変に気づき、駆け寄る。
「ロウ、あなた……苦しそう……!」
ロウは首を振る。
声を出せば、魔力が漏れそうだった。
「……大丈夫……です……姫様……」
その声はかすれていた。
ロウが弱さを見せることなど、今まで一度もなかった。
だからこそ、ロザリンは胸が締めつけられた。
ロザリンはロウの手を取る。
その瞬間──
ロザリンの花の力が、
ロウの暴れかけた魔力をそっと包んだ。
温かい光がロウの胸に流れ込み、
暴走しかけた月の力を静かに鎮めていく。
ロウは深く息を吸い、
魔力を完全に押し込んだ。
「……姫様……ありがとうございます」
ロザリンは首を振る。
「ありがとうじゃないわ。
あなたが苦しむのは……嫌なの」
ロウはその言葉に、胸の奥が熱くなるのを感じた。
暴走しかけた痛みよりも、
ロザリンの言葉のほうが強く響いた。
廊下の影が、二人の足元に長く伸びていた。
花と月の力が、静かに触れ合った夜だった。




