第167話 月と闇の境界
王城の取り調べ室は、昼でも薄暗く、
静けさが張りつめていた。
ロザリンとロウが入ると、椅子に座らされたヴァルガはゆっくり顔を上げた。
その目は、捕らえられてもなお、かつて宰相として王城を歩いていた頃の鋭さを失っていなかった。
「……姫様、ロウ殿」
ロザリンはまっすぐに歩み寄り、静かに口を開いた。
「兄上……、最近王都の花の光が弱まり、闇の瘴気の靄が濃くなってきていると報告がありました。そして、王都に調べに行きました。調べを進めたら──王都の林で、黒い花が咲いているのを見つけました。辺り一面に咲いていました」
ヴァルガの口元が、わずかに歪んだ。
「……ああ。見つけてしまったか」
ロウが一歩前に出る。
「禁術の残滓を感じました。あの花は……あなたのものですね」
ヴァルガはロウを見た。
その視線は、かつて宰相としてロウを見下ろしていた時のままだった。
「月の力で“残滓”なんて言葉を使うとはね。
随分と成長したじゃないか、ロウ殿。……私が育てたものを、よく察した」
ロウは眉を寄せたが、反論はしない。
ヴァルガは肩をすくめた。
「そうだ。あれは私が育てた“闇の花”だ。王都を支配するためにね。花の光を奪い、闇の靄で覆えば──王都は私のものになる。単純な話だろう?」
ロザリンの胸が冷たくなる。
ヴァルガは続けた。
その声は淡々としているのに、言葉の端々に皮肉が滲む。
「だが、私が捕らえられたあと……闇の花の存在を知る者は誰もいなくなった。誰も気づかず、誰も止められず、靄は広がり続けた。……王都の管理は、随分と甘くなったようだ」
ロウが静かに問う。
「では……どうすれば止められるのですか?」
その瞬間、ヴァルガの表情がわずかに強張った。ロウの声に反応するように、目の奥に冷たい光が宿る。
反射的な拒絶だった。
「……なぜ私が“ロウ殿”に教えなければならない?」
声は低く、刺すように冷たい。ロウを見下ろしていた宰相時代の癖が、そのまま残っていた。
ヴァルガの胸の奥で、古い劣等感が疼く。
ロウは月の力を持つ守護種の末裔。
本来なら王家を守る“正統な守護者”。ロザリンの隣に立つ資格を持つ者。
そして──自分が焼いた村の唯一の生き残り。
だがヴァルガは、その行いを“罪”として認めてはいない。後悔もしていない。間違いだったとも思っていない。
胸が刺さるのは罪悪感ではない。
ロウの存在が、
自分の“奪えなかった正統性”と“壊した世界の事実”を
突きつけてくるからだった。




