第166話 闇の花―黒い花―
王都の北側へ向かう道は、朝の光が差しているはずなのに、どこか薄暗く沈んで見えた。建物の影は長く伸び、黒い靄は地面近くにまとわりつくように漂っている。この靄は、最近王都の一部で広がり始めた“闇の瘴気”。
ロザリンは歩くたびに、胸の奥がわずかに沈むような感覚を覚えた。花の力は王都の光と繋がっている。
花の光が弱い区画は、空気そのものが重く、呼吸が浅くなるような圧を持っている。
「……このあたり、光が沈んでる」
ロウは周囲を見渡し、靄の濃さを確かめるようにゆっくりと息を吸った。
月の力は闇に触れるとわずかに揺らぐ。
「姫様。靄の量が……ここで急に増えています」
二人は細い路地を抜け、王都の外れにある小さな林へ足を踏み入れた。
林は王都の中とは思えないほど静かだった。
木々の枝が重なり合い、光を遮るように天井を作っている。地面には湿った土の匂いが漂い、風もほとんど通らない。
鳥の声すら聞こえず、ただ黒い靄だけがゆっくりと漂っていた。
ロザリンは足を止めた。胸の奥がざわつく。花の力が弱い場所特有の、“沈むような違和感”がはっきりと広がっていた。
「……ここ、何かおかしい」
ロウは前方を見つめ、目を細めた。
「姫様……あれを」
木々の隙間から覗く先。地面の裂け目のような場所に──
黒い花が、辺り一面に咲いていた。
花弁は光を吸い込むように黒く、群生した花々はまるで闇そのものが形を持ったようだった。
花の周囲には黒い靄が層のように重なり、
王都を覆い始めた瘴気がここから生まれているのが分かる。
ロザリンは息を呑んだ。
「……こんな花、見たことない……」
ロウはロザリンの隣に立ち、黒い花々をじっと見つめた。
その瞬間──ロウの胸の奥に、かすかな“痛み”が走った。
禁術の残滓に触れたときだけに生まれる感じ。
「……姫様。この花から……禁術の残滓を感じます……」
ロザリンはロウを見た。
「禁術……?ヴァルガの……?」
ロウはゆっくりと頷いた。
「はい。
この花……闇の力を帯びています……ヴァルガが……関係してる可能性があります」
ロザリンは黒い花の群生地を見つめた。
花々は風もないのに、わずかに揺れているように見えた。
「……兄上に聞きに行きましょう。この花が何なのか……」
ロウはロザリンの隣に立ち、
その決意を受け止めるように頷いた。
「姫様……行きましょう」
二人は黒い花の群生地を残し、林を抜けてヴァルガの執務室へ向かって歩き出した。
背後では、黒い花々が静かに揺れ、
王都を覆う靄を生み続けていた。




