第164話 闇の残滓
夕暮れの柔らかな光が花々を照らしている。
ロウは、窓辺に立つロザリンの横顔を静かに見つめていた。
茜色の光を受ける花々は美しい。
けれど、その景色を見つめるロザリンの瞳には、
かすかな憂いが宿っている。
王都の異変を誰よりも気にかけているのは、
ロザリンだった。
城下に暮らす人々のことも。
王都に灯る明かりの一つ一つも。
いつだって大切に思っている。
ロザリンはそっと呟いた。
「……王都が、泣いているみたい」
ロウはその言葉に胸が締めつけられた。
「……姫様。」
呼びかけると、ロザリンが振り返る。
紫の瞳がまっすぐ自分を映し、
ロウの心は少しだけ温かくなった。
ロウは何か言おうとした。
けれど言葉が見つからない。
代わりに、そっとロザリンの手を取った瞬間、
ロザリンはすぐに柔らかな表情になった。
やがてロザリンの目を見て、ロウは静かに口を開いた。
「……姫様。
調査は……早めに始めたほうがいいですね」
「ええ。そうね……王都の光を見に行きましょう」
その言葉にロウは頷く。
重ねた手から伝わる温もりが心地よかった。
その瞬間、ロウの胸の奥で月の力がわずかに揺れた。
でも、そのざわめきは長く続かない。
ロザリンの手に触れているだけで、不思議と静まっていく。
まるで穏やかな光に包まれているようだった。
ロウは小さく息を吐いた。
「……姫様の光は、やはり……強いですね」
ロザリンは微笑む。
その微笑みは夕暮れの光よりも優しかった。
「ロウ……あなたが隣にいるからよ」
その声は穏やかだった。
ロウもつられるように微笑む。
握った手はそのまま。
離したくないと思った。
ロザリンもまた、手を引こうとはしなかった。
やがて二人は窓辺から離れ、
静かに調査の準備へ向かった。
私室の外へ出ようとしたとき──
廊下の端に置かれた花瓶の花が、ふっと色を失った。
ロザリンが足を止める。
「……今、花が……」
ロウも振り返る。
花瓶の花は、まるで一瞬で命を落としたようにしおれていた。
ロザリンは胸のざわめきを覚える。
「ロウ……これは……」
ロウは花に近づき、そっと指先を触れた。
その瞬間、月の力が微かにざわつく。
ロウは目を細めた。
「……闇の残滓です。……残っているだけの、古い瘴気」
ロザリンは息を呑む。
「王都の光を弱めているのは……これ?」
ロウは静かに頷いた。
「はい。おそらくそうだと……」
ロザリンは花瓶を見つめたまま、小さく呟いた。
「……明日、必ず確かめましょう」
その横顔には不安もあった。
けれど決意もあった。
ロウは隣に立つと、
もう一度、そっとロザリンの手を包んだ。
「……はい、姫様と共に」
ロザリンは静かに微笑む。
その温もりに触れた瞬間、不思議と心が軽くなった。
二人は並んで歩き出す。
繋いだ手を離さないまま。
こうして──互いの温もりを胸に、二人の王都調査が始まりを迎えるのだった。




