第158話 月狼
満月の夜。ロザリンの私室に、月の光が薄く差し込んでいた。
ロウは窓際に立っていたが、その肩がわずかに震えているのを、ロザリンはすぐに気づいた。
ロザリン「……ロウ?」
ロウは返事をしようとしたが、喉の奥で息が乱れた。
胸の奥で、月の力がざわつく。暴走の前兆──ロザリンだけが知っている揺れ。
ロザリンは迷わずロウへ歩み寄り、その手を取って抱きしめた。
花の光が、ロウの暴走しかけた力を包むように静かに広がる。
ロウ「……姫様……っ……」
ロザリン「大丈夫。あなたは、私が止められる。」
ロウの呼吸が少しずつ落ち着いていく。ロザリンの花の力が、ロウの月の力の暴走を鎮めていく。
ロウはロザリンの肩に額を寄せたまま、小さく震えた声で言った。
「……姫様に……負担をかけたくないんです。」
ロザリンはその言葉を胸の奥で受け止めた。
「ロウ……」
ロウはゆっくりと腕をほどき、ロザリンの瞳をまっすぐ見た。
「……ヴァルガに、会いに行きます。そして、封印の……解き方を、聞きたい」
ロザリンのまつげが揺れた。
「封印を……?」
ロウは静かに頷いた。
「このままでは……また暴走しかけるかもしれない。
その度に姫様に止めてもらうのは……
心苦しいのです……」
ロザリンはロウの言葉を、恋人として、王家として、ひとりの人間として受け止めた。
「……分かりました……行きましょう。ロウが知りたいなら、私も一緒に確かめたい。」
ロウの瞳が静かに揺れた。
「……ありがとうございます、姫様。」
翌朝。
ふたりは並んで部屋を出た。
取り調べ室の扉が閉まる音が、低く響いた。
ロウは一歩前へ。
ロザリンはその隣に立つ。ふたりの距離は、いつも通り自然に近い。
魔力封じの拘束具を付けられたヴァルガが、ゆっくりと顔を上げた。
ヴァルガ「……来ると思っていたよ。封印のことを、知りたいんだろう?」
ロウの喉がわずかに動く。ロザリンはロウの横で静かに見守った。
ロウ「……俺の体に刻まれた封印刻印。あれは……あなたが刻んだものですね。」
ヴァルガは薄く笑った。
「そうだ。
だが──“刻印そのもの”は私が作ったが、
“紋章の元”は私の創作じゃない。」
ロザリン「……どういうことですか?」
ヴァルガは、ゆっくりと語り始めた。
「月狼の《ルナ・フェンリルの祠》
あそこに古代の壁画がある。月の守護種の力を“制御するための紋章”だ。」
ロウの瞳が揺れる。
ヴァルガ「私はその紋章を模倣し、“奪う刻印”として歪めた。お前の体に刻んだ封印は──本来の紋章をねじ曲げた“偽物”だ。」
ロザリンは息を呑んだ。
「……じゃあ、ロウの封印を解く方法は……」
「祠にしかない。」
ヴァルガの瞳が冷たく光る。
「本物の紋章は、月光を浴びると“鍵”を示す。
偽物の封印を解きたいなら──祠へ行くしかない。」
ロウは拳を握った。その震えを、ロザリンは横で感じ取った。
ロザリンはロウの手にそっと触れた。その触れ方は、迷いのない恋人の距離。
ロザリン「……行きましょう、ロウ。あなたの封印を解く方法が、そこにあるのなら。」
ロウはロザリンの指を握り返した。
ロウ「……ありがとうございます。
姫様……僕は、あなたと共に確かめたい。」
留置場の冷たい空気の中で、その決意だけが静かに熱を帯びていた。




