第156話 父王の静かな願い
ロザリンが政略結婚の破棄を告げたあと、父王はしばらく娘の顔を見つめていた。
その瞳は弱っているのに、娘の決意を受け止めようとする強さがあった。
ロザリンは深く頭を下げ、そのまま静かに部屋を出ようとした。
ロウも続こうとしたその瞬間──
「……ロウ。」
弱い声が、背中へ届いた。
ロウは足を止め、ゆっくり振り返る。
父王はベッドの上で、かすかに体を起こしていた。
その視線は、“王として”ではなく“父として”ロウを見ていた。
ロウは静かに歩み寄り、ベッドから少し離れた位置で立ち止まる。
父王はしばらくロウを見つめ、息を整えるようにゆっくり言葉を紡いだ。
「……ロザリンは……強い子だ。」
ロウは黙って受け止める。
父王は続けた。
「だが……強い者ほど……ひとりで抱え込む。」
その声は弱く、けれど娘を思う気持ちだけは揺れていなかった。
ロウはその言葉の重さを静かに受け止めるように、ほんのわずかに視線を落とした。
父王はロウのその反応を見て、かすかに息を吐いた。
そして──
「……あの子を……頼む。」
その言葉は、王としての命令ではなく、父としての願いだった。
ロウの胸の奥に、静かに何かが灯る。
ロウは深く頭を下げることはしない。ただ、父王の言葉を“心で受け止める”ように目を伏せた。
「……承知しました。」
その声は、ロザリンの心に寄る温度のまま、父王の願いを受け止めていた。
父王はその返事に、わずかに目を閉じた。
「……あの子は……自分の心を……誰よりも大切にする。それを……折らないでやってほしい。」
ロウは静かに息を吸い、その願いを胸の奥に沈めた。
「……必ず。」
父王はその言葉に、かすかに微笑んだ。
ロウが父王へ静かに一礼すると、父王は弱い呼吸のまま、ゆっくりまぶたを閉じた。
ロザリンは扉の前で振り返り、ロウと父王のやり取りを見ていた。
その瞳は揺れていたけれど、ロウの存在がその揺れをそっと支えていた。
扉を開けると、廊下の淡い光がふたりを照らす。
ロウは前を向いたまま、胸の奥に残る父王の言葉をそっと抱えた。




