第151話 ―処置の結果
ヴァルガの指先が国王の胸元に触れたまま、
淡い揺らぎがゆっくりと収束していった。術の層が閉じていくたびに、部屋の空気が少しずつ軽くなる。
ロザリンは父の手を握りながら、その変化を見逃すまいと目を凝らした。呼吸が浅くなるのを抑えるように、胸の奥で静かに息を整える。
ロウはヴァルガの横で構えたまま、わずかに前へ寄せていた体重を戻した。緊張が解けたわけではない。ただ、術の気配が弱まったのを感じ取っただけ。
ヴァルガは最後の層を閉じると、国王の胸元から手を離した。その動きは淡々としていて、達成感も疲労も見せない。
ヴァルガ「……終わった。」
ロザリンの肩がわずかに震えた。
その震えは、安堵でも涙でもなく、“張り詰めていた糸が少しだけ緩んだ”という揺れだった。
ロザリン「父上は……」
ヴァルガは国王の胸元を一度だけ見下ろし、淡々と告げた。
ヴァルガ「呼吸が安定した。術の影響は取り除いた。」
ロザリンは息を吸った。その音は小さく、しかし確かに震えていた。
ロザリン「……助かったのですね。」
ヴァルガはロザリンを見ず、国王の顔だけを見て答えた。
ヴァルガ「助かったと言っていいだろう。私の術を処理できるのは私だけだ。」
ロウはその言い方に眉を寄せた。
ロウ「……最後まで自分の話しかしないな。」
ヴァルガは鼻で短く笑った。
皮肉というより、“当然だ”という冷たさ。
ヴァルガ「事実を言っただけだ。自画自賛に聞こえるなら、それはロウ殿の耳の問題だ。」
ロウ「耳の問題ではない。」
ヴァルガ「そうか。それでは、性格の問題だな。」
ロザリン「……口を謹んでください、ヴァルガ」
ロザリンは二人のやり取りを遮るように、静かに声を出した。
ロザリン「ヴァルガ……父上はもう危険ではないのですね。」
ヴァルガはロザリンの声にだけ、ほんのわずかに反応した。
視線を国王から外し、ロザリンへ向ける。
ヴァルガ「命の危険は去った。 ただし、すぐには体力は戻らん。 しばらくは寝台から動けまい。」
ロザリンは父の手を握り直した。
その指先は冷たいのに、握る力は強かった。
ロザリン「……ありがとうございます。」
ヴァルガはその言葉に、返事をしなかった。ただ、わずかに肩をすくめただけ。
ヴァルガ「礼を言われる筋合いはない。」
ロウ「……本当に腹が立つ。」
ロザリンは二人の間に一歩だけ入った。
その動きは静かで、しかし確かな線引きだった。
ロザリン「ロウ。もういいわ。」
ロウはロザリンの声に反応し、わずかに肩の力を抜いた。
ロウ「……姫様がそうおっしゃるなら。」
ロザリンは父の顔を見つめ、その頬にそっと触れた。国王の呼吸は確かに安定している。胸の上下が、先ほどよりも穏やかだった。
ロザリン「父上……」
その声は震えていたが、涙にはならなかった。ロザリンは泣かない。泣く代わりに、静かに息を整える。
ヴァルガはその姿を見て、皮肉ではなく、ただ事実として告げた。
ヴァルガ「姫様。あなたは強い。」
ロウが即座に反応した。
ロウ「……ヴァルガ、姫様に余計なことを言わないように。」
ヴァルガ「余計かどうかは本人が決めることだ。」
ロザリンはヴァルガを見た。
その瞳は揺れていたが、崩れてはいなかった。
ロザリン「……兄上…… 父上を助けてくれて、本当に感謝しています。」
ヴァルガはその言葉に、初めてわずかに視線を逸らした。返事はしない。ただ、沈黙だけがあった。
ロウはロザリンの肩にそっと手を添えた。
その手は温かく、支えるためだけにそこにあった。
ロウ「姫様……これでもう大丈夫ですね」
ロザリンは小さく頷いた。
その頷きは、父の命が繋がったことを受け止めた証だった。




