第150話 ―術の深部へ/ヴァルガの処置が進む
ヴァルガの指先が国王の胸元に触れたまま、淡い気配がゆっくりと広がっていく。その広がりは光ではなく、影でもなく、ただ“術の残響”だった。
ロザリンは父の手を握りながら、その変化を見つめていた。息を乱さないようにしているのに、胸の奥は静かに震えている。
ロウはヴァルガの横で構え、いつでも動けるように体重をわずかに前へ寄せた。視線はヴァルガの手元から離れない。
ヴァルガ「……深く残っているな」
その声は淡々としていて、自分の術を確認する者の冷静さだった。
ロザリン「ヴァルガ……父上の状態は、どうなのです。」
ヴァルガは答えを急がず、国王の胸元に触れたまま、ゆっくりと指を滑らせた。その動きは、術の層を一枚ずつ剥がすような慎重さだった。
ロウはわずかに眉を寄せた。
「……本当に助かるのか。」
ヴァルガは鼻で短く笑った。
「私の術だ。扱い方は私が一番知っている。」
ロザリンはその言葉に、ほんの少しだけ肩の力を抜いた。しかし安心ではない。ただ、事実を受け取っただけ。
ヴァルガは国王の胸元から手を離し、ゆっくりと空中へ指を滑らせた。その軌跡に沿って、薄い揺らぎが生まれる。
ロウは即座に反応し、半歩前へ出た。
「ヴァルガ、何をしている。」
ヴァルガ「術の層を開いているだけだ。
落ち着け、ロウ殿。」
ヴァルガは肩をわずかにすくめた。
その仕草は、ロウの心への無関心さの現れだった。
ヴァルガ「心配性だな。姫様の護衛は大変だろう。」
ロウ「余計なことを言うな。」
ロザリンは二人のやり取りを見ながら、静かに口を開いた。
ロザリン「……ヴァルガ。処置を続けてください」
ヴァルガはロザリンの声に、ほんのわずかに反応した。視線を国王へ戻し、再び指先を胸元へ添える。
ヴァルガ「……ここからが本番だ。」
その言葉と同時に、国王の胸元がわずかに上下した。呼吸が深くなったわけではない。ただ、術の層が動いた。
ロザリンは父の手を握り直した。その指先は冷たいのに、握る力は強かった。
「父上……」
ヴァルガは淡々と告げた。
ヴァルガ「安心するな。まだ終わっていない。」
ロウ「……どれくらいかかる。」
ヴァルガ「さあな。術者の気分次第だ。」
ロウ「お前の気分で左右されるのか。」
ヴァルガ「当然だろう。私の術なのだから。」
ロザリンは静かに息を吸い、ヴァルガの言葉を受け止めた。
「……続けて。」
ヴァルガは再び術の層へ指を沈めた。
その瞬間、部屋の空気がひとつ沈み、国王の胸元がわずかに光を帯びた。
ロウは息を止め、ロザリンは父の手を強く握り、ヴァルガは淡々と術を進める。
術の深部へ。ヴァルガの処置は、まだ終わらない。




