第149話 国王の部屋へ─移送と処置の開始
朝の光が、城の石壁に薄く差し込んでいた。静けさは深いのに、どこか落ち着かない。
ロザリンは廊下で待っていた。
ロウはその横に立ち、彼女の肩の高さに合わせるように姿勢を整えていた。
ロウ「姫様……緊張されていますか。」
ロザリン「……少しだけ。でも、行かないわけにはいかないもの。」
ロウ「はい。僕が必ず隣にいます。」
ロザリンはロウを見た。
ほんの一瞬、胸の重さが軽くなる。
そこへ衛兵が駆け寄ってきた。
衛兵「姫様。ヴァルガの移送準備、整っております。」
ロザリン「……行きましょう」
地下へ降りる階段を進むと、冷たい空気が肌に触れた。
取調室の前には、鎖をつけられたヴァルガが立っていた。
ヴァルガ「やっと来たか。」
ロザリン「……父上の部屋へ向かいます。」
ヴァルガはロウを見た。その目は冷たいが、観察するような静けさがあった。
ヴァルガ「護衛兵殿、今日も姫様の影のようだな。」
ロウ「姫様を守るのが僕の役目です。」
ヴァルガ「役目……ね。羨ましいものだ。」
ロザリン「ヴァルガ、歩けますか。」
ヴァルガ「歩けるとも。逃げる気はない。」
ロウがヴァルガの腕を軽く押し、移送の列を作った。
階段を上がる途中、ロザリンが小さく息を吐いた。
ロウ「姫様……大丈夫ですか。」
ロザリン「ええ……。ただ……父上の顔を見るのが怖いだけ。」
ロウ「僕がいます。姫様がひとりで背負う必要はありません。」
ロザリンは少しだけロウの方へ体を向けた。
ロザリン「……ありがとう。」
ヴァルガはそのやり取りを聞いて、鼻で短く笑った。
ヴァルガ「仲が良いことだ。」
ロウ「ヴァルガ、余計な口を挟まないでください。」
ヴァルガ「挟んでなどいない。ただ、見えたものを言っただけだ。」
国王の居住区へ続く長い廊下に出ると、
空気がひとつ重くなった。
ロウ「姫様。扉の前に着きました。」
国王の部屋の前で、衛兵が深く頭を下げた。
ロザリン「……ヴァルガを中へ。」
ロウが扉を開けると、薄暗い部屋の中で国王が寝台に横たわっていた。
ロザリンは父のそばへ歩き、その手に触れた。
ロザリン「父上……」
ヴァルガは寝台へ近づき、国王の胸元を見下ろした。
ヴァルガ「……始めるぞ。」
ロウ「姫様、後ろへ。」
ロザリン「ええ。」
ヴァルガは国王の胸元へ手を伸ばし、指先でわずかに触れた。その動きには迷いがなかった。
触れた瞬間、ヴァルガの目がわずかに細くなる。
ヴァルガ「……崩れてないな。流石は私の術だ……」
その声音は淡々としていて、誇りというより“当然だ”という冷たさがあった。
ロザリンは父の手を握りながら、静かに息を整えた。その瞳は揺れていたが、崩れてはいなかった。
ロザリン「……父上は、助かるのですね。」
ヴァルガは視線を国王から外さず、淡々と答えた。慰めも優しさもない。ただ、事実だけを言った。
ヴァルガ「助けることはできる。だから私を呼んだのであろう?」
ロウはヴァルガの手元を見つめ、声を低くした。その目は警戒と焦りを含んでいた。
ロウ「ヴァルガ、手を止めないでください。」
ヴァルガは短く息を吐き、処置に集中したまま返した。その声には、皮肉が薄く滲んでいた。
ヴァルガ「……ロウ殿はせっかちだ……
始める。」
その言葉と同時に、部屋の空気がひとつ沈んだ。国王の胸元に触れたヴァルガの指先から、淡い気配が広がっていく。
ロザリンは父の手を握りながら、静かに息を整えた。その瞳は揺れていたが、崩れてはいなかった。
ロザリン「……お願いします。」
宰相は短く息を吐き、処置を続けた。
国王の衰弱を和らげるための処置が静かに、
しかし確かに進んでいった。




