第145話② 尋問室―月影の村―
尋問室には重い沈黙が落ちていた。
ロウも、ロザリンも、ただヴァルガを見つめていた。
古びた机を挟んだ向こうで、
ヴァルガは静かに目を閉じる。
まるで、封じ込めていた記憶の扉を開くかのように。
ヴァルガはゆっくりと目を開いた。
だが、その瞳はロウたちを見てはいなかった。
はるか遠い過去を見つめている。
低い声が響く。
ヴァルガ「……月影の村は、王家の正統性を支える“古い根”だった。」
淡々と続けた。
ヴァルガ「かつては王家を守るために続いた種族だ。
花の加護が弱かった時代、王妃の系譜もレオンハルトの家系も、月の力の守護に頼っていた。」
ロザリンは、息を呑んだ。
ヴァルガ「だが、花の力が強まりすぎたとき、
王家は月の力を“古い伝承”と呼び、記録から消した。
月影の村は森へ追いやられ……存在そのものが忘れられた。」
ロザリン「……だからといって、焼く理由にはならないはずです。ヴァルガ、あなたはなぜ……」
ヴァルガはしばらく黙っていた。
そして低く答える。
ヴァルガ「月影の村には、王家が消しきれなかったものが残っていた。」
ロザリンが目を見開く。
ロザリン「それは……なんですか」
ヴァルガ「月の力だ。
王家が切り捨てた後も、
あの者たちは代々その力を受け継ぎ続けていた。
そして、その力は花の加護とは異なる。
王家では決して扱えぬ力だった。」
尋問室の空気が重く沈む。
ヴァルガ「だから、私は月の力が欲しかった。
王国を支配するために。
誰もが私に逆らえぬ力を手に入れるためにな。」
ロウは黙ったまま聞いていた。
ヴァルガ「その研究の過程で、禁術に手を出した。
そして――お前の父親が死んだ。」
ロウの瞳がわずかに揺れる。
ヴァルガ「あれは事故だった。
だが、王国が許すはずもない。
”月影の者を禁術の実験で死なせた”となればな。」
ロザリンの表情が険しくなる。
ヴァルガ「月影の村の者たちがその事実を知れば、
必ず王都へ訴える。
禁術の実験も、すべて白日の下に晒される。」
ヴァルガは机の上で手を組んだ。
ヴァルガ「それは宰相としての私に、致命的だった。
だから私は……村人が知る前に村を焼いた。
禁術のことを隠すために……口封じとして。」
ロウは息を止める。
ヴァルガは静かに続ける。
ヴァルガ「ロウの母親も……そのとき死んだ。
炎の中で、他の者たちと同じようにな。」
ロウは目を閉じた。
母の顔が浮かぶ。
父の声が浮かぶ。
村の景色が浮かぶ。
そのすべてを奪った理由が、今ようやく言葉になった。
だが、救いはどこにもなかった。
聞かなければよかったと思った。
ロウの肩が震えた。
ヴァルガ「私は王家を憎んでいた。
私を捨てようとした血を……私を否定した正統を……
そして、月影の村も。」
ヴァルガは目を伏せる。
ヴァルガ「私が憎んできたものを、私はすべて燃やして消したかった。
燃やせば終わると思った……過去も、
私自身も。」
ロウの肩がさらに震える。
拳を握ることすらできない。
ただ机を見つめたまま、
立ち上がる力さえ失っていた。
ロザリンはその震えを見つめ、
そっと隣に立ち、ロウが動けるまで待っていた。
瞳には静かな怒りが宿っていた。
やがて静かに告げた。
ロザリン「……今日の尋問はここまでです。」
その声には、冷えた怒りと、
ロウの痛みを受け止める強さが宿っていた。




