第144話 それぞれの胸の内
尋問室は、灯りの揺れだけが影を作っていた。石壁は冷たく、空気は張り詰めている。静けさが胸の奥を締めつける。
ロザリンは席に座った瞬間、胸の奥で呼吸が乱れそうになるのを感じた。涙の余熱がまだ残っている。指先がわずかに震えた。
(……落ち着かないと……でも……胸が……痛い…… ロウの前で……)
ロウは横でその揺れを感じ取っていた。ロザリンの横顔を守るように座り、膝の上で拳を固く握りしめている。
鎖で拘束されたヴァルガ宰相が、二人の前に立たされていた。
ロザリンはゆっくりと息を整えた。
乱れそうになる呼吸を押しとどめて、王族としての声を作る。
ロザリン「宰相ヴァルガ……これより……あなたが行った罪状について……国家の記録として……確認します。」
声は静かだったが、その静けさの奥に震えが潜んでいた。
ヴァルガは目を伏せたまま、かすかに頷いた。
ロザリン「まず──ロウを月の力の実験体にした件。その理由を述べなさい。」
ロザリンの指先が震えた。ロウはそっとその手に触れた。
ヴァルガ「……月の力を扱える者は希少でした。王家の儀式を再現するためには……
“器”が必要だった。ロウは……適合すると判断した。」
ロウはゆっくり顔を上げた。胸の奥が熱くなる。
ロウ「……僕を……選んだ理由は……それだけですか。」
声が震えた。
ヴァルガはロウの視線を避けるように、わずかに顔をそらした。
ヴァルガ「……適合率が高かった。それだけです。」
ロウの胸が痛んだ。その痛みが、言葉になって漏れた。
ロウ「……父も……そうやって……選ばれたんですか……?」
ロザリンの呼吸が乱れた。ロウの痛みが、自分の胸にも刺さる。
ロザリン「ロウ……」
ロザリンの胸が痛んだ。
ロザリン「……宰相ヴァルガ。ロウの父について……事実を述べなさい。」
ヴァルガ「……ロウの父は、月影の村で最初に適合した者でした。しかし……力の暴走で死亡しました。私が……処理しました。」
ロウの呼吸が乱れた。胸の奥が熱くなる。
ロウ
「……父が……暴走なんて…… 父が……そんな……」
声が震え、途切れた。
ヴァルガは短く息を吐いた。
ヴァルガ
「暴走は……事実です。
しかし──私が止めなければ、禁術の儀式、そのものが崩壊する可能性があった。」
ロウの拳が震えた。
ロウ
「……月の力を奪うために……
ヴァルガ宰相の私欲のために……父は……」
声が震え、記憶が滲み出る。
ロウ「父は……いつも僕の頭を撫でて……“ロウは強い子だ”って……笑ってくれたんです……村の誰より……優しい人でした……」
ロザリンの胸がきゅっと締めつけられた。
ロウが父の優しい記憶を語った後──空気が揺れる。
ヴァルガ宰相は、わずかに眉を動かした。それは同情ではなく、苛立ちの影だった。
ヴァルガ「……感傷で事実は変わらん。優しかろうが、強かろうが──適合した者は“器”だ。」
ロウの胸が強く揺れた。ロザリンの呼吸も乱れた。
震える指先を押さえながら、ロザリンはゆっくりと顔を上げた。
ロザリン「……宰相ヴァルガ……いえ──兄上……あなたは……人の優しさまで……奪ったのですか……私の父上や母上のように……ロウの父上まで……」
ヴァルガの表情が、わずかに揺れた。
それは怒りでも悲しみでもなく──触れられたくない傷に触れられた時の反応だった。
ヴァルガ「……優しさ……?」
ヴァルガの声は低く、乾いていた。
ヴァルガ「デービッド王が私に言った言葉……
“お前は俺の捨てた子供だ”。優しさなど……どこにもない。」
ロザリンの胸が強く締めつけられた。
ヴァルガ「そして──レオンハルト王は黙っていた。」
ロウは息を呑んだ。
ヴァルガ「……黙っていた。それは……私には“優しさ”ではなかった。ただ……真実を隠されていたようにしか思えなかった。」
灯りが揺れ、影が三人の間に落ちる。
ヴァルガ「私は……騙されていたのだと感じた。その感覚は……憎しみより深い。」
ロザリンは、胸の奥が強く締めつけられたまま、ヴァルガ宰相の顔を見つめた。
ロザリン「……その沈黙が……あなたの中で……裏切りになってしまった……だから……禁術に……手を伸ばしたのですね……」
ロザリンは震える声で続けた。
ロザリン「……そして…その痛みで……王国を……壊そうとしたのですね……」
空気がさらに張り詰めた。
ヴァルガはロザリンを見た。
その目は冷たかったが、奥にかすかな“空白”があった。
ヴァルガ「……兄上と呼ぶな。その言葉は……私には重すぎる。」
ロザリンは目を伏せず、ただ静かにその言葉を受け止めた。




