第136話 宰相派の襲撃
夜は深く、王城の灯りはほとんど落ちていた。だが、静けさはどこか不自然だった。
ロウはロザリンの部屋の前に立ち、剣に添えた手を離さずに周囲の気配を探っていた。
(……来る。証拠提出の前夜に、必ず)
ロウがロザリンの部屋に”月の力の結界”を張ろうとしていたそのとき──廊下の空気が、わずかに揺れた。
ロウは反射的に剣を抜く。
「……出てこい」
返事はない。だが、気配は確かに“複数”。
影班の動きだ。
廊下の奥から、黒い影がひとつ滑り出た。音もなく、床を蹴る。
ロウは一歩踏み込み、影の腕を弾き飛ばす。
金属音すら響かない。影班は“音を殺す術”を使っている。
(……本気で来たな。結界が張られたら姫様に触れられないと分かっている)
影は倒れず、すぐに体勢を立て直し、ロウの死角へ回り込む。
ロウは剣を返し、影の足元を払うように斬りつけた。
影は床に転がり、そのまま闇へ溶けるように消えた。
だが──その背後から、別の影が迫る。
ロウは振り返らず、剣を横に払った。
金属が火花を散らす。
(……二人目)
影班は“連携”している。ロウを倒すのではなく、ロザリンの部屋へ近づくための陽動。
ロウは歯を食いしばった。
「姫様には……触れさせない」
ロザリンは机の前で、
革表紙の研究ノートの写しを閉じた。
外から聞こえる気配に、
胸がわずかに締めつけられる。
(ロウ……)
扉の向こうで、剣と影がぶつかる気配がした。
ロザリンは立ち上がり、扉の方へ歩み寄る。
だが──扉の前に立つ前に、窓の外から“気配”が走った。
ロザリンは息を呑む。
(……窓からも来る)
影班は、ロウが守る扉を避けて、窓から侵入しようとしていた。
ロザリンは迷わず、部屋の中央へ下がった。
「……ロウ」
声は届かない。だが、ロザリンの瞳には恐れはなかった。
ロウは扉の前で影班二人を退けたが、その瞬間、背筋に冷たいものが走った。
(……窓だ)
ロウは扉を振り返り、叫ぶように声を上げた。
「姫様、窓から離れて!」
同時に、部屋の中から“風を切る音”が響いた。
ロウは扉を蹴り開け、部屋へ飛び込む。
窓の外から、黒い影がひとり、音もなく侵入しようとしていた。
ロザリンは部屋の中央で、静かに立っていた。
影はロザリンへ向かって手を伸ばす。
その瞬間──
「させるか!」
ロウが影の腕を掴み、窓枠へ叩きつけた。
影は体勢を崩し、ロウの剣がその喉元へ突きつけられる。
影は抵抗をやめ、闇へ溶けるように姿を消した。
ロウは息を整え、ロザリンの方へ振り返る。
「姫様……ご無事ですか」
ロザリンは胸元を押さえ、小さく頷いた。
「ええ……ロウが来てくれたから」
ロウは深く頭を垂れた。
「姫様。
宰相派は“結界が張られる前を狙ってきました。張られていれば、姫様には絶対に触れられないと分かっている」
ロウは深く息を整え、
ロザリンの部屋の中央へ歩み出た。
「姫様。これより結界を張ります。朝までは絶対に破られません」
ロザリンは静かに頷き、ベッドのそばで見守る。
ロウは手をかざし、月の力を静かに解き放った。
淡い光がロウの足元から広がり、
床を伝い、壁へ、天井へ──部屋全体を包む“膜”となって展開していく。
(……これで、姫様は安全だ)
結界が完全に張られると、空気が澄んだように静まり返る。
ロウは剣を枕元に置き、ロザリンの近くに腰を下ろした。
「姫様。今夜はここで休ませていただきます」
ロザリンは小さく微笑んだ。
「ええ……ロウも休んで。あなたが倒れたら困るもの」
ロウはわずかに目を伏せ、静かに頷いた。
二人は同じ結界の内側で、ようやく夜を越える準備が整った。
明日──証拠が提出される。
宰相ヴァルガの“終わり”が始まる。




