第133話 未整理資料室─封じられた報告書
未整理資料室は、保管庫とは違う静けさを持っていた。
ここは──
“誰も触れたがらない記録”が押し込まれる場所。
団長は松明を掲げ、積み上がった木箱の間をゆっくりと進んだ。
(……この部屋だけ、空気が違う)
埃の匂いに混じって、微かに鉄の匂いがする。
古い血のような、湿った鉄の匂い。
団長は眉を寄せた。
(十数年前の事件記録……侍医の失踪……王妃様の急逝……“あの夜”に関わる資料は、本来ここに送られているはずだ)
だが、棚は不自然に“隙間”が多い。
まるで──誰かが意図的に抜き取った跡。
団長は一つの木箱の前で足を止めた。
箱の側面には、薄く消えかけた文字が残っている。
《研究棟・事故報告書》
団長の目が細くなる。
(……事故、だと?あの夜に“事故”など起きていない)
箱の封を外し、中身を取り出す。
古い紙束がぎっしり詰まっていた。
団長は一枚ずつ丁寧にめくる。
研究員の報告。設備の故障記録。魔力測定の異常値。
そして──団長の指が止まった。
「……これは」
紙の端に、侍医の名前が記されていた。
《侍医○○、研究棟地下にて“意識喪失”の状態で発見》
団長は息を呑む。
(侍医は……“生きて”地下にいた?死体ではなく、意識喪失……?)
さらに読み進める。
《宰相ヴァルガの指示により、侍医は別室へ移送》 《以後の記録は存在しない》
団長の手が止まった。
(……移送先の記録がない?そんなことが……)
紙束の最後のページには、小さく赤い印が押されていた。
《閲覧制限:宰相権限》
団長は紙を握りしめた。
「……封じたな、ヴァルガ」
侍医は“事故”として処理され、その後の行方は宰相の権限で封じられた。
つまり──
侍医は“あの夜”、まだ生きていた。そして宰相が連れ去った。
団長は深く息を吐いた。
(これで線が繋がる……侍医の家族が消えた理由も、家が取り壊された理由も、給金が途絶えた理由も──すべて“宰相が侍医を処理した”からだ)
団長は紙束を抱え、部屋を出ようとした。
その瞬間。
背後で、紙が一枚ひらりと落ちた。
団長は振り返る。
床に落ちた紙には、見覚えのある名前が記されていた。
《王妃フローラ──最終診断報告書(写し)》
団長は紙を拾い上げ、目を見開いた。
(……侍医の筆跡ではない)
そして──その下に小さく書かれた文字。
《原本は宰相ヴァルガが保管》
団長の胸に、冷たい確信が走った。
「……ロウ。お前に話す時が来た」
松明の火が揺れ、団長の影が長く伸びる。
“封じられた報告書”は、宰相の罪を静かに暴き始めていた。




