第132話 矛盾の連鎖─ロウの前に現れる“もう一つの影”
保管庫を出た団長は、帳簿を抱えたまま廊下を歩いていた。
冷たい石床に、足音が乾いた調子で響く。
(……三つの帳簿で同じ“空白”。これは偶然ではない)
地下通路の出入り記録。荷物搬入記録。警備交代記録。
すべて“王妃が亡くなった夜”だけが消えている。
団長は歩きながら、頭の中で線を繋いでいく。
(侍医が消えた夜。王妃様が亡くなった夜。記録が消された夜。……すべて同じ、夜)
そして──
(その夜、宰相ヴァルガは“地下通路”を使った)
確信が、静かに胸の奥で形を成す。
団長は足を止め、窓の外の庭園を見下ろした。
(ロウにも……そろそろ話すべきか)
だが、まだ“決定的な一手”が足りない。
(もう一つ。もう一つだけ裏を取る必要がある)
団長は踵を返し、文書管理局の奥へ向かった。
同じ頃―
ロウはロザリンの部屋の前で、静かに立っていた。
姫の部屋の前は、いつもと変わらぬ静けさ。
だが──ロウの胸の奥には、言葉にならない違和感があった。
(……空気が変わってきている)
団長が動いている。宰相の周囲に“何か”がある。
ロウは詳細を知らない。
だが、姫様に危険が迫る時は、必ず空気が変わる。
それだけは、長年の経験で分かっていた。
その時だった―
廊下の向こうで、“誰か”がロウを見ていた。
侍従でもない。騎士でもない。宰相派の文官でもない。
見覚えのない男。
ロウが視線を向けると、男はすっと目を逸らし、廊下の角へ消えた。
ロウは一歩踏み出した。
(……まただ)
昨日も、同じような“影”を見た。
姫様の周囲に、見知らぬ者が現れるのは──宰相が動く前触れ。
ロウは剣の柄にそっと触れた。
(団長が何を掴んだのかは知らない。だが──姫様を狙う影が動き始めている)
ロウはロザリンの部屋の扉に手を置き、静かに息を吸った。
「……姫様。どうか、無事で」
その声は誰にも届かない。
だが、ロウの決意だけは揺らぎがなかった。
文書管理局の奥にある、“未整理資料室”。
団長は扉を押し開けた。
薄暗い部屋の中には、分類されていない古い書類が山のように積まれている。
(……ここに、“あの夜”の痕跡が残っているはずだ)
団長は松明を掲げ、一歩踏み込んだ。
その瞬間──背後で、廊下の空気がわずかに揺れた。
団長は振り返る。
誰もいない。
だが、確かに“誰か”がこちらを見ていた。
(……宰相派か)
団長は低く呟いた。
「ロウ……お前に話す時が近いようだ」
松明の火が揺れ、団長の影が長く伸びる。




