第131話 保管庫の帳簿─抜け落ちた一夜
王城の西棟──文書管理局の奥にある“保管庫”。
分厚い石壁に囲まれ、昼でも薄暗いその部屋は、王城の歴史そのものが眠る場所だった。
団長は扉を押し開け、静かに中へ入った。
棚には、年代ごとに分類された帳簿が整然と並んでいる。
(……ここに、当時の記録があるはずだ)
団長は迷いなく、“王妃フローラが亡くなった頃”の帳簿が収められた棚へ向かった。
指先で背表紙をなぞり、一冊を抜き取る。
重い。長い年月を吸い込んだ紙の重さだった。
団長は机に帳簿を置き、ゆっくりと開いた。
ページをめくるたび、紙が乾いた音を立てる。
地下通路の出入り記録──宰相の側近、研究員、騎士、侍従……当時の名が淡々と並んでいる。
しかし、団長の指があるページで止まった。
「……ない」
その一言は、保管庫の静けさを切り裂くように低かった。
副官がいれば息を呑んでいただろう。
団長はページをめくり直す。
前日──記録あり。翌日──記録あり。
だが、“王妃が亡くなった夜”の記録だけが、丸ごと抜け落ちている。
ページそのものが存在しない。
破られた跡もない。切り取られた跡もない。
最初から“なかった”かのように、その一夜だけが消えている。
団長は帳簿を閉じ、深く息を吐いた。
「……やはり、消したか」
その声には怒りではなく、確信があった。
団長は棚に戻り、同じ時期の別の帳簿──“荷物搬入記録”を手に取った。
ページを開く。
そこにも、同じ“空白”があった。
王妃が亡くなった夜だけ、搬入記録が存在しない。
団長は目を細めた。
「……二つの帳簿で同じ“空白”。偶然ではない」
さらにもう一冊──“警備交代記録”。
そこにも、同じ“空白”。
団長は静かに呟いた。
「宰相ヴァルガ……お前は“その夜”を、王城の記録から消した」
松明の火が揺れ、帳簿の影が机に落ちる。
団長は帳簿を閉じ、ゆっくりと立ち上がった。
「だが──消したという事実そのものが、お前の罪だ」
保管庫の扉を押し開けると、冷たい空気が流れ込んだ。
団長は歩きながら、低く呟いた。
「侍医が消えた夜。王妃が亡くなった夜。記録が消された夜。……すべて同じ“ひとつの夜”だ」
その夜に何があったのか。
宰相ヴァルガは何をしたのか。
侍医は何を見たのか。
すべての答えが、その“抜け落ちた一夜”にある。
団長は拳を握りしめた。
「必ず辿り着く……あの夜の真実に」
王城の空気は、さらに重く、さらに鋭く張り詰めていく。




