第129話 侍医の足取りと、消された夜
侍医の記録に“別人の筆跡”を見つけた翌日。騎士団の調査班は、団長の命を受けて城下へ散っていた。
団長は地図を広げ、侍医の住居跡に印をつける。
「……ここが侍医の家だった場所か」
副官が報告書を手に戻ってきた。
「団長。侍医の家は──
王妃様が亡くなった翌月に“取り壊されています”。」
団長の眉がわずかに動く。
「理由は?」
「“老朽化”と記録されていますが……近隣住民は『まだ住める家だった』と証言しています」
短い沈黙。
団長は静かに息を吐いた。
「……宰相の側近が関わっているな」
副官はさらに報告を続ける。
「侍医の家族ですが──王妃様の死の直後に“城下から姿を消しています”。荷物をまとめた形跡もなく、行き先の記録もありません」
団長は目を細めた。
「家族ごと、消されたか」
部屋の空気が一瞬だけ止まった。
副官は唇を噛み、次の紙を差し出す。
「給金記録も確認しましたが、王妃様が亡くなった翌月で“突然途切れています”。退職届も、死亡届もありません」
団長は机に手を置き、低く呟いた。
「侍医は“辞めていない”。だが給金は止まっている。家は取り壊され、家族は消えた……宰相の側近が最後に接触──」
その言葉の奥に、冷たい確信がわずかに滲む。
副官が息を呑む。
「……矛盾だらけです」
団長は記録帳を開き、王妃の最終診断のページを見つめた。
「侍医が書いていない記録。侍医が消えた翌日からの給金停止。家族の失踪。家の取り壊し。宰相の側近の出入り──」
ページを閉じる音が、部屋に硬く響いた。
団長は静かに言った。
「これは“偶然の積み重ね”ではない。宰相ヴァルガが、侍医の存在そのものを消した」
副官は震える声で言う。
「……団長。これだけの矛盾が揃えば──」
「まだ証拠にはならん。」
団長の声は低く、しかし揺らぎがない。
「だが“証明するための道”は見えた」
団長は地図を指で叩いた。
「侍医が最後に目撃されたのは、王城の“地下通路”付近だ」
副官の表情が強張る。
「……宰相が管理している区域です」
「そうだ。侍医は“そこへ連れて行かれた”可能性が高い」
団長は立ち上がり、鋭い声で命じた。
「地下通路の記録を洗え。
出入りした者、荷物、時間帯──10年前の記録でも構わん。必ず何か残っている」
副官は深く頭を下げ、すぐに部屋を出ていった。
静まり返った室内で、団長は侍医の記録帳を手に、低く呟いた。
「宰相ヴァルガ……お前の“決定的な矛盾”は、もう隠せん……逃がしはしない」
王城の空気が、さらに重く張り詰めていく。




