第128話 最初のほころび
王城の一角──騎士団長室。侍医の記録帳が机に積まれ、団長はその一冊を静かに開いた。
王妃様の体調記録。淡々とした文字が並ぶ中、一箇所だけ、明らかに異質な筆跡があった。
「……ここだ」
副官が覗き込む。
「筆跡が違う……?」
「王妃様が亡くなる前日だけ、“侍医本人の字ではない”。しかも──」
団長は指で文章をなぞる。
「“魔力低下が急激に進行”この表現は、宰相の研究ノートと一致する」
副官は息を呑んだ。
「宰相が……侍医の記録を?」
「改ざんしたな……
王妃様の死の前日に“別人の手”が入っている」
団長は記録帳を閉じた。
「侍医本人は行方不明。宰相の側近が最後に接触している」
副官の表情が引き締まる。
「……決定的なほころびですね」
団長は立ち上がり、低く命じた。
「侍医の足取りを追え。最後に目撃された場所、宰相の側近との接触、家族の所在──すべて洗え。
宰相の側近の動きも洗う。」
副官は深く頷き、部屋を出ていった。
団長が侍医の記録に“筆跡の違い”を見つけた頃──ロウはロザリンの部屋の前で警戒を続けていた。
部屋の外側の空気が、わずかにざらつく。
そのとき、廊下の向こうから足音が近づく。
「ロウ殿。団長からの伝令です」
若い騎士が封筒を差し出した。
ロウは受け取り、その場で封を切る。
中には短い文だけ。
『侍医の記録に不審あり。王妃様の最終診断は“別人の筆跡”。宰相の関与、濃厚。姫様に伝えるな。まずは証拠を固める。』
ロウは眉を寄せた。
(……やはり、宰相が王妃様の記録を改ざんした)
ロウは封筒を握りしめ、ロザリンの部屋へ戻る。
扉を開けると、ロザリンが静かにこちらを見た。
「ロウ。何かあったの?」
ロウは一瞬だけ迷ったが、団長の指示を守り、核心には触れない形で答えた。
「団長が……宰相の周囲を調べています。少し、動きがありました」
ロザリンは息を呑む。
「……悪い方向?」
「いいえ。宰相の“隠していたもの”が、少しずつ見え始めています」
ロザリンは胸に手を当てた。
「……そう。団長が動いてくれているのね」
ロウは頷く。
「はい。」
ロザリンは静かに目を閉じた。
(王妃様の死の真相……宰相の研究……そして私の名前……)
胸の奥に、小さな痛みが走る。
ロウはその変化に気づいたが、そっと見守るだけだった。
「ロウ」
ロザリンは目を開け、まっすぐに言った。
「私も……ただ守られているだけではいられないわ。宰相が何をしていたのか、知る必要がある」
ロウは静かに礼をした。
「姫様が望まれるなら……僕はその道を開きます」
二人の間に流れる空気は、甘さではなく、“覚悟の静けさ”。
その頃、団長は侍医の記録を手に、低く呟いていた。
「ヴァルガ……お前の綻びは、もう見えている」
王城の空気が、確実に変わり始めていた。




