第127話 静かな決断
ロウの報告を聞き終えたあと、ロザリンはしばらく黙っていた。
胸の奥に広がる安堵と、まだ消えない不安が、静かに揺れている。
宰相ヴァルガの研究ノート。そこに記された“次の実験体──ロザリン”。
思い出すだけで、胸の奥がひやりと冷えた。
ロウはその変化に気づき、そっとロザリンの隣に座った。
「……姫様」
呼びかけは静かで、いつも通りのロウの声だった。
ロザリンは小さく息を吸い、ゆっくりと顔を上げた。
「ロウ。……伝えてくれたのね」
ロウは頷いた。
「はい。団長が動いてくれます。」
ロウのその言葉が、ロザリンの胸を温かくする。
「……ありがとう。あなたがいてくれて……よかった」
ロウは少しだけ目を細めた。
「姫様が無事でいてくださるなら……」
ロザリンは視線を落とし、胸の前でそっと手を重ねた。
「ロウがいない間……少しだけ、怖かったの」
ロウは驚いたように瞬きをしたが、すぐに静かに言った。
「……戻ってきました。もう離れません」
ロザリンは小さく微笑んだ。
「ええ、あなたがそばにいるなら……大丈夫」
ロウは軽く頷き、ロザリンの肩にそっと手を置いた。
結界の中は、二人の呼吸だけが穏やかに満ちていた。
騎士団長室では、重い沈黙が落ちていた。
机の上には、ロウが提出した革表紙の研究ノートが開かれている。
宰相ヴァルガの筆跡。王妃の体調の記録。花の力の抽出量。魔術式の設計図。“次の実験体──ロザリン”。
団長はページをめくるたび、眉間の皺を深くしていった。
「……ここまで露骨とはな」
低く押し殺した声が部屋に落ちる。
副官が息を呑んだ。
「団長。これは……もう、見過ごせません」
「見過ごす気はない」
団長はノートを閉じ、静かに立ち上がった。
「宰相ヴァルガの行動を洗う。影班の動き、側近の出入り、王妃様が亡くなる前後の記録──すべてだ」
副官は姿勢を正す。
「調査班を動かしますか」
「動かせ。ただし気づかれないようにな。
ヴァルガ宰相に証拠を消されないように。」
団長の声は低く、鋭かった。
「ロウには姫様の護衛を続けさせる。宰相が次に狙うのは……間違いなく姫様だ」
副官は頷いた。
「承知しました」
団長は窓の外を見やり、静かに呟いた。
「王妃様……あなたが残したもの、必ず拾い上げます」
そして振り返り、鋭い声で命じた。
「──動け。宰相ヴァルガの悪事を暴く」
その瞬間、騎士団は静かに動き始めた。
王城の空気が、わずかに張り詰める。
嵐の前触れのように。




