第126話 ロウの報告
結界の中は静かだった。
ロザリンは椅子に座り、胸の前でそっと手を組んでいた。
ロウが出ていった扉を見つめながら、胸の奥に残る温度を確かめるようにゆっくりと息を吸う。
──すぐ戻る。
その言葉を信じている。
けれど、ほんの少しだけ胸がざわつく。
そんな自分に、ロザリンは小さく微笑んだ。
(……ロウの声が、恋しくなるなんて)
そのときだった。
コン……
扉が、静かに叩かれた。
ロザリンの胸が跳ねる。
「……ロウ?」
返事はなかった。
けれど、扉越しに感じる気配で分かる。
ロザリンは立ち上がり、ロウが“自分だけ通れるように調整してくれた”結界にそっと触れた。
淡い銀色の光が静かにほどけ、扉へ続く道が開く。
ロザリンは息を整え、そっと扉を開けた。
そこに立っていたのは──朝の光を背にしたロウだった。
ロウはロザリンを見ると、ほっとしたように目を細めた。
「……戻りました、姫様」
その声に、ロザリンの胸が静かに震える。
「おかえりなさい、ロウ」
ロウは部屋に入り、扉を閉めると、ロザリンの前で膝をつくように姿勢を落とした。
「姫様。団長への報告は……無事に終わりました」
ロザリンは息を呑む。
ロウはゆっくりと続けた。
「宰相ヴァルガの研究ノート──あれに記されていた内容を、すべて団長に伝えました」
ロザリンの指先がわずかに震える。
ロウはその震えに気づき、そっと手を伸ばした。
触れるか触れないかの距離で、ロザリンの手を包む。
「団長は……正式に調査に入ると」
ロザリンの瞳が揺れた。
「……本当に?」
「はい。宰相本人の筆跡で書かれた記録──王妃様の体調、花の力の抽出、魔術式の設計図、そして……“次の実験体”として姫様の名前」
ロザリンは小さく息を吸った。
ロウはその手を、今度はしっかりと握る。
「団長は、それを“動かざるを得ない証拠”だと判断しました。姫様を守るためにも……宰相の行動を調べると」
ロザリンの胸に、静かな安堵が広がる。
「……ロウ。あなたが……伝えてくれたのね」
ロウは頷いた。
「はい。僕が姫様をお守りします。」
その言葉は、昨夜よりも深く、恋人としての温度を帯びていた。
ロザリンはロウの手を握り返し、そっと微笑んだ。
「ありがとう、ロウ。あなたが……そばにいてくれてよかった」
ロウの瞳がわずかに揺れた。
「姫様。僕は……離れません。これからも、ずっと」
ロザリンの胸が静かに震える。
「……ええ。私も……あなたを信じているわ」
ロウはゆっくりと立ち上がり、ロザリンの肩にそっと手を置いた。
「姫様。少し休まれてください。僕は……ここにいます」
ロザリンはその言葉に、深く息を吐いた。
「……うん。ロウがいるなら……大丈夫」
ロウは微笑み、ロザリンのそばに静かに寄り添った。
結界の中の部屋は、二人の呼吸だけが満ちていた。




