第125話 騎士団長への報告
ロウは朝の廊下を進みながら、胸の奥に残るロザリンの温度をそっと押し留めた。
恋人としての想いを抱えたまま──今は騎士としての顔に戻らなければならない。
足取りは迷いなく、しかし心の奥には静かな緊張が走っていた。
宰相ヴァルガのしてきたこと。政略結婚の裏にある意図。
それらを団長に伝えることは、王国の根幹を揺るがす可能性がある。
だが、ロザリンを守るためには避けられない道だった。
ロウは深く息を吸い、騎士団長室の扉をノックした。
「……入れ」
低く、重い声が返ってくる。
ロウは扉を開け、姿勢を正して一歩踏み込んだ。
団長は机に向かい、書類を整理していたが、ロウの顔を見ると手を止めた。
「ロウ。朝から珍しいな。姫様の護衛はどうした」
ロウは胸に手を当て、深く頭を下げた。
「姫様は……結界の中におられます。しばらくの間、外部の干渉はありません」
団長の眉がわずかに動く。
「……何があった」
ロウは静かに息を整え、言葉を選びながら口を開いた。
「はい。
王妃様の死の真相、そして姫様を“次の対象”にしようとしていたこと。すべて……宰相ヴァルガの仕業です」
団長はしばらく沈黙した。
その沈黙は重く、部屋の空気をわずかに震わせる。
「……ロウ。それは王国の根を揺るがす話だ」
「承知しております」
「証拠はあるのか」
「宰相ヴァルガの行動について……重大な証拠を見つけました」
団長の目が鋭く細められる。
「革表紙の研究ノートです。
宰相ヴァルガ本人の筆跡で──王妃様の体調変化、花の力の抽出量、魔術式の設計図、実験経過の走り書き、そして“次の実験体”として姫様の名前が記されていました」
団長は息を呑んだ。
「……宰相本人の筆跡、だと?」
ロウは頷いた。
「はい。姫様はそのノートを読まれ、宰相の行動に確信を持たれました。ですが──筆跡そのものが、何よりの物証です」
団長は深く息を吐き、椅子にもたれかかった。
「……王妃様の死の理由も、そこに?」
ロウは静かに答えた。
「はい。王妃様の魔力が限界に達した記録が……宰相の手で書かれていました」
団長は目を閉じ、しばらく沈黙した。
やがてゆっくりと目を開ける。
「……重いな。だが、確かに動かざるを得ん」
団長は机の上の書類を閉じ、ロウをまっすぐ見つめた。
「ロウ。宰相ヴァルガの件……正式に調査に入る」
ロウの胸に緊張が走る。
「ただし、これは王国の中枢を揺るがす。慎重に進めなければならん」
「承知しております」
団長は立ち上がり、ロウの肩に手を置いた。
「姫様を守れ。どんなことがあってもだ」
ロウは深く頭を下げた。
「……必ず」
団長は静かに頷いた。
「今は姫様のそばに戻れ。お前が離れていい状況ではない」
ロウの胸に温かいものが広がる。
「はい。すぐに戻ります」
団長室を出た瞬間、ロウの胸に浮かんだのは──ロザリンの顔だった。
“待ってるわ、ロウ”
その声が、まだ胸の奥で静かに響いている。
ロウは歩みを速めた。
守るべき人がいる。戻る場所がある。
その事実が、ロウの背中をまっすぐに押していた。




